第20話 地球産――青い宝石の記憶
『今世紀最大の挑戦が始まろうとしています』
ニュースキャスターが、落ち着きのなかにも興奮の滲んだ声で告げるのを、多くの人が見聞きしていた。画面下部に表示されたテロップには、『第二の地球を求めて。無人探査機、まもなく打ち上げ』の文字。
キャスターの顔の右側に表示されていた小窓映像が拡大し、打ち上げ台のライブ映像が画面に大写しになった。探査機を積み込んだ多段ロケットが、快晴の空のもと、天を差してすっくと佇んでいる。
その後、開発者インタビューと称して、各部門の責任者だという人が立て続けに話す映像が流れた。
かつて国の威信をかけて行われた宇宙開発競争は、世界の長きに渡る環境変化と、それに伴って大小様々な国の版図が大きく変化したことで、いまでは国家間の対立ではなく協調によって進められるプロジェクトとなっていた。温暖化による海面上昇、気温の上昇による降雨量の変化や砂漠の拡大などによって食糧事情は逼迫し、減りつつある住み良い土地を奪い合って紛争が各地で起こる。そんな時代に、地球に代わる新たな居住可能な惑星を見つけることに、人類全体が活路を見出そうとして頃だった。
人々は、世界各地でその特番に釘付けになっている。無人探査機はこれから五年以上をかけて目的の惑星へ向かい、結果が齎されるのはいまから十年先のことだ。そこから人類が宇宙を渡る移住計画を立案、実行するにはまだまだ時間がかかる。自分たちの世代では無理だ。しかし、これから生まれてくる世代に希望を残すことはできる。
発射台や管制室のライブ映像と、ニュースキャスターやコメンテーターの語りを切り替えながら番組は続けられ、とうとう「カウントダウン開始です!」と叫ぶようにキャスターが告げる。
六十秒前から始まるカウントダウンのあいだ、世界各地のそれを見守る人々の映像が次々と流れ、十秒を切って再び発射台の映像に固定される。
ブースター・イグニッション、
五、
四、
三、
二、
一、リフト・オフ!
ロケット下部から光が噴き出し(それは炎というより光の塊のようだった)、ロケットが映像上は緩慢に浮き上がったように見えた。しかしそれは現地では、とんでもないエネルギーと光と轟音が鳴り響いた瞬間であり、また、ロケットはブースターの膨大なエネルギーによって音速を凌駕するまで急加速する。
しかし、遠景から撮影され、雲ひとつない快晴の空を背景に飛ぶロケットは、遙か上空をゆったり泳ぐようにさえ見えた。
やがて、管制室の音声で「Launched Successfully.(打ち上げ成功)」が宣言されると、世界中が喜びで沸き返った。とにかく叫ぶように歓喜する人、泣き崩れる人、抱き合う人、すべての人が、無人探査機の旅立ちを祝福した。
「Good luck, Cucca!(いってらっしゃい、クッカ!)」
感極まった声が、そう叫んだ。
ハナは、無音の空間で光を見ていた。暗闇のなかに無数の光点が瞬く不思議な空間は、寂しさを感じるようで、けれど、それ以上に果てしない自由を思わせた。
なにより、目の前に見える最上級の美しいものに、ハナは目を奪われた。
巨大な青い宝石が、暗闇のなかに浮かんでいる。
太陽からやって来る光を反射して輝くその球体は、白や茶色、緑をところどころに交えながらも、どこまでも青い光を放っていた。こんな美しいものが世界には存在するのかと、否、こんなにも美しいものが世界そのものなのかと、ハナは胸が押し潰されそうなほど途方もない感動を覚える。
それをいつまでも見つめていたかったが、青い宝石はハナから少しずつだが遠ざかっていた。もしくは、ハナのほうから遠ざかっていっているのか。
無人探査機・クッカは、太陽光パネルでできた羽を六片の花びらのように広げた姿で宇宙空間を進み続けていた。「クッカ(花)」と名付けられた由縁が、その姿にある。
無線で地上と繋がっているとはいえ、クッカは果てしない宇宙空間を独りで飛んでいかなければいけない。その旅路は往復で十余年、成功の保障などどこにもない、チャレンジだらけの旅だ。
ハナの目に、クッカの羽の一枚が目に入る。「Planet Earth Product(地球産)」と文字が刻まれていた。
「あれが、あなたの生まれ故郷なのね」
ハナはクッカに語りかけた。
ハナはいま、クッカの目から広大な外世界を眺め、体験している。これはクッカの――ハナのもとへ不時着した星の子の――記憶だ。
「綺麗ね。本当に綺麗。あの場所を離れて旅をしなければいけないなんて、きっと途方もない勇気が必要だったでしょう」
クッカは機械の塊だ。製造品に心は宿らない。けれど、その体を構成するすべてのものは、「彼女」のために作られた一点物で、作り手の思いが間違いなく宿っている。挑戦者の心と、探求者の熱意、そして、故郷への思い。
「あなたはやっぱり帰らなきゃ。あなたを見送ったたくさんの人が、あなたの無事を祈って、帰りを待っている。あなたを旅に出したあの星は、きっとあなたを全力で迎えてくれるわ。だから、どうか諦めないで」
ハナは、遠ざかっていく地球を眺め、その青さを脳裏に刻みつけて、それからゆっくり目を閉じた。額に意識を向けると、そこにじわりと熱を感じる。
「諦めないよ」
クッカがそう言った気がした。
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