あなたは今日から仲間だから

おしゃれ泥棒

第1話

「あなたは今日から仲間だから。」

断じて違う。仲間なんかではない。都合よく働く奴隷、という言葉がぴったりだった。

  

 テレビでニュースをつけた。中東の、A国とテロ組織Bが戦争を始めたと言っていた。不穏な世の中だ。だが、私には関係ないニュースである。


 定年退職後、妻から突きつけられたのは離婚届で、子どもも成人した後だったが代わりにもっていかれたのは多額の慰謝料で。これといった悪事はしていない。不倫もしないしお酒ものまずタバコも吸わない、育児に協力もした。何が不満だったのかと言えば会話がないことか。それでも男は黙って家族を養うのが義務だと思ったから妻の愚痴にも耐えていた。本心では嫌だった。隣近所の噂話やパート先の口うるさい上司のことなど興味はない。ふうん、ああそう。で、全部流してきたのがいけなかったなら、どうすれば良かったというのだ。妻は次第に喋らなくなった。お茶、と言えば私の好物の梅昆布茶が熱々で出てきたし風呂、と言えば沸いてますよとかえってくる。私たちは暗黙の了解で通じあっているとさえ思っていたのに。離婚届に範を押し、家から追い出され、親権を奪われた私は一紋なしの浮浪者同然になってしまった。悠々自適な老後が送れると思っていたのは昨日まで。さて、これからどうする?65になる老人はどうやって生きていけばいい?寝る場所がない。風呂がない。食べていけない。私は、住み込みで働ける場所を探した。求人紙は、無料のものより買ったほうがいいと長年の経験で知っていた。そこでなけなしの500円を払い分厚いペーパーを買ったのだ。片っ端から電話した、しかし世間は冷たかった。年齢をきかれ、あっさりアウト。50社は応募しただろうか。それでも不可。いけそうな感触があった会社から全く返事がない。心が砕けた。

 都内のカプセルホテルに宿をとった。バックパッカーが沢山いて、私はこんなことになる前は彼らを馬鹿にして見下していたのだが。もう東京にいる金がなくなってきた。どこか別天地を探さねばなるまい。田舎に移住する、と言うことが頭に浮かんだ。住み込みで、飯つきの仕事が必要だ。

 インターネットで、検索した。住み込み、年齢不問、まかないつき。派遣しかない。工場労働の単純作業。私は派遣を嫌と言うほど切ってきた立場の人間だ。派遣はダメだ。絶対に。出来るだけ家賃が安いほうがいい。現在の所持金は20万ちょっと。今まで通りの生活だと、半月もたない。贅沢をしてきたもんだと後悔した。コンビニにたちより唐揚げを買った。無愛想なバイトが嫌そうに差し出したのを、店外でほおばると、硬い。不味い。味気ない。今まで食べてきたどんなものより美味しくなかった。鉄錆の味がした。妻が料理上手だったのだと初めて気づく。会社の飲み会から帰ると暖かい出来立ての唐揚げが用意されていたっけ。私はそれを、満腹だからといって断った。妻は何も言わずにゴミ箱へ放り投げたと記憶している。仕方なかったのだ。たらふくビールを飲んだ後にあんなもの用意する方が察しが悪い。まあ、私も飲み会だと連絡してはいなかったのだが。会社勤めが長いと接待は多い。それくらい分かりきったことだろう?

 部下のことを思い出した。私が右を向けといえばそうする。黒を白だと言えば同意する。気に入らない新人がいればいちゃもんをつけて左遷するか、メンタルを攻撃し自主退職に追い込む有能な部下だった。今私が頼ったら、どうする?

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