004 摸擬戦
フェルトとの会話を終え、隊舎に戻って任務の準備をしようと考えていたカーレル。だがしかし、途中で黒髪の少年に呼び止められ、別の方向へと歩いていた。
ランディの隣には、こちらを睨みつけるレイチェルの姿もある。
「――で、オレは一体どこに連れて行かれるんだ?」
「黙ってろ」
問いは一蹴され、会話が続かない。
少年の背には、背丈を超える全長二メルナほどの蒼竜槍――〈リヴァイア〉が存在する。親和性を高めるために
励起状態の血を用いて生成する特性上、武器そのものが蒼く
現在カーレルが腰に佩いている剣も、自身の血に馴染ませつつある武器だ。刀身から柄頭まで余すことなく蒼く
やがて施設の奥にある広場――ヒュドラルギュロス専用の屋外訓練場へと辿り着く。古代文明の高い技術力で建造された、全体が金属に覆われている丈夫な演習場だ。
「ねえランディ、本当にやるの?」
「あぁ? レイチェルだってこいつの実力を確認しておいた方がいいって思ってるんだろ」
「それはそうだけど……」
「じゃあ文句言うなよ。あと邪魔だから離れてろ」
「何よその言い方……。もう、どうなっても知らないわよ」
ランディの心無い言葉にむっと頬を膨らませ、レイチェルはそっぽを向いて離れてゆく。
改めてカーレルへと向き直った少年は、
「これで目的は分かっただろう。お前の実力、俺が直々に確かめてやるよ」
「……フェルト隊長に許可は」
「わざわざいらねーよそんなもん。これは訓練だからな」
あくまで自然体に構えるカーレルへと、ランディが鼻で笑って返答。背負った槍を器用に旋回させて構え、カーレルへと獰猛かつ敵対的な視線を向ける。重心を低くした、獣のような構えだ。
「前の部隊でエースだったかなんだか知らねぇが、ここじゃそんなオママゴトは通用しねぇ。さっさと構えろ」
敵意を微塵も隠さないランディに、カーレルは内心で嘆息する。元々ヒュドラルギュロスに対して悪感情を抱いていないこと。そしてフェルトに言われた言葉も相まって、余計な波風は立てたくなかった。
だがそんな内心は別として、この少年の実力を知っておく必要があるのも確かだ。黙って己の獲物を抜き、切っ先を地面に落とした自然体の構えを取る。
馬鹿にされていると感じたのか、少年が視線を険しくし、
「……お前、ふざけてんのか?」
「あくまで本気だ。状況で使い分けてるからな」
「……あとから言い訳するんじゃねぇ、ぞっ‼︎」
ひらひらと手を振るカーレルに対し、ギリっと歯を噛み締めたランディが突貫する。
姿勢を低く屈め、長い槍と己の身体を同化させたかのような疾走。瞬く間に距離を詰め、カーレルへと雷光の如き刺突を見舞う。
寸止めなど微塵も考慮しない、真に殺気の篭った刃。アルギュロスの一般隊員なら、反応すらできなかっただろう速度の攻撃だ。
しかしカーレルは迫る刃を完全に見切り、こともなげに剣の柄頭で受け流した。
「っ⁉︎ 舐めるなぁ‼︎」
会心の一撃をいなされたことに目を見開いたランディだが、即座に動揺を消去。さらに力強く踏み込み、全身のバネを生かした槍技が暴風の如き螺旋を描く。
穂先と石突――二条十六閃の旋転が空を裂き、流れる刺突が三度の斬光に転じる。
だが、それら全てを掻い潜ったカーレルは後退して槍の間合いから脱出。刃を合わせることすらなくやり過ごす。
「逃すかよっ‼︎」
その影に喰らいつき、少年が犬歯剥き出しに迫った。
足元へ放たれる刺突をサイドステップで回避するカーレル。
空いた間隙をランディが自身の間合いへと転換し、槍の穂先がブレた。
直後、これまで守勢だったカーレルが前へと踏み込んだ。攻撃直後で静止した槍の
ランディは咄嗟に槍から手を離し、低い姿勢で後ろ回し蹴りを放ってくる。
さっと引いた対峙者を警戒するように槍を中空で掴み直し、
「……はっ、流石はエースさんだな。この程度は朝飯前ってか」
忌々し気に舌打ち。
そんな少年を他所に、カーレルは内心に沸々と湧き上がる熱を感じていた。
「……いや、驚いた」
「……あん?」
「その技量。因子の影響があったとしても、生半可な訓練では到達できない境地だ。正直――オレの方が舐めてかかっていた」
事前情報によると、少年が部隊に参加してからまだ三年ほどだという。両親はアルギュロスだったらしいが、武器を扱ったことがなかったとも記載されていた。
つまりは、短期間でこれほどの腕前を身につけたということだ。今の攻防は粗削りだったものの、
カーレルの顔に浮かぶ、獰猛な笑み。ゾクリと身構えるランディを尻目に、緩やかに左手で柄頭を握りこみ、
「……次はこちらから攻める――捌き切ってみせろ」
低姿勢で縮地の如く間合いを詰めたカーレルが、同時と見紛う四連撃を放つ。
「ちっ、この……っ!」
辛うじて反応しているものの、ランディの顔に焦燥が浮かぶ。
カーレルの攻勢はまさに烈火の嵐だった。体術が関節や急所を狙うかと思えば、間隙を突いて死角に迫る蒼閃。手を変え品を変え、多彩な技がランディに食いついて離さない。
槍の柄には常に火花が散り、硬質な金属音が立て続けに鼓膜を揺さぶる。間合いを潰され、ランディは完全に防戦一方となっていた。
変幻の剣閃を放ちながら、カーレルが感じるのは――高揚。今までとは比べ物にならないほどに、奥底から力が湧く。過去に感じたことのない次元で体が反応し、攻撃のキレがさらなる高みへと至る。思考すらも常にクリアで、感覚は
さらに踏み込み――ゼロ距離。
膝を打ち抜く蹴りでランディの体勢を崩し、
「――
燃え盛る蒼色のエーテルをまとわせた、左の掌底。
「おわっ⁉」
槍を盾に受けたランディが微かに浮遊する。
直後、がら空きの胴体をカーレルが蹴り飛ばした。
「がっ⁉」
数メルナほど吹き飛んで膝を突き、呻く少年の首筋へと剣を突きつけ、
「――ここまでだ」
眼前の切先を呆然とした様子で見つめるランディ。
「そんな、ランディがこんな一方的に……?」
離れたところで見物していたレイチェルすらも、似たような表情を浮かべている。
剣を引いて一つ息を吐き、ランディへと言い聞かせるように、
「確かに槍捌きは見事なものだ。さっきも言ったが、その歳でそこまで鍛え上げたこと自体は感心する。だが、動きが直線的過ぎて先を読みやすい。今までの相手だと力押しでも――」
「――
講釈を遮り、ランディが鬼気迫る形相で拾い上げた槍を立ちざまに突き出してきた。
だが、それすらも予期していたカーレルが当然のように回避。左手を槍の柄へと這わせる。勢いをそのままにランディを自身の間合いへと引き寄せ、
「――か、はっ」
飛燕の鋭さで、柄頭を鳩尾へと叩き込んだ。
カウンターを受けた少年が槍を取り落とし、自身の腹を抱えて
「話は最後まで聞け。でないと……いつか大切なものを取り
「余、計な、お世話、だ……」
遠くからはレイチェルが血相を変えて駆け寄ってきている。
「……明日から任務だ。準備は怠るなよ」
これ以上の言葉は、今この場では無駄だと判断し、カーレルは訓練場を後にする。
去り際に見えた少年の表情には、明らかな怒りが浮かんでいた。
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