第21話 主婦業は大変なのよ

 あたしたちが結ばれてから、二週間。

 さすがに平日まで愛を交わし合うのって、辛くないといえば、嘘になっちゃう。

 まだ、高校生だし、学校に通っている訳だもん。


 だけど、タケルはあたしを求めてくるのよね。

 しょうがないじゃない?

 あたしだって、タケルが欲しかったんだから。

 そう! ギブアンドテイクは大事だもん。

 結局、毎日のようにやってしまったのは反省すべき点だわ。


 子供が出来ちゃったら、まずいもん。

 避妊はしっかり、してる。

 実は初めて結ばれた時は勢いだけで始めたのでしてなかったんだけど。

 アレで大当たりしていないとも言い切れないのよね。

 それにこう毎日のように抱き潰されてると大丈夫かなって不安がちょっとあるのだ。


 ちょっとだけなのは赤ちゃんが出来てもいいかなって、思ってるから。

 高校を辞めて、友達と会えなくなるのは寂しいけど、それよりもタケルとの子供が早く欲しいのだ。

 ユイナさんは『タケルが男らしくなくて、ごめんね。私はアリスちゃんがいつお嫁さんに来てくれてもいいと前から思ってたのよ。それなのにあの馬鹿息子が鈍感で本当にごめんね』と言って、すぐに認めてくれたんだけどね。

 そうじゃない人もいるのだ。

 子供を盾にするのって、卑怯な気がするけどあたしはタケルと離れたくない。

 だから、絶対に心にないことは言わないようにするって、決めたの。


「今日から、夏休みだね。楽しみだな」

「夏休みかぁ、タケルは部活あるでしょ? 試合あるんだし」

「そうだね、今度の試合は結構、重要だしね」

「じゃあ、ゲームは禁止ねっ」

「な、何でかな? いいじゃないか、ゲームくらい」

「ゲームくらい? ゲームやって、夜は夜で……やりすぎだし」

「アリスは嫌なの? それなら、我慢するよ。アリスが嫌がることはしたくないしね」


 そう。

 こう言われると旧アリスは噛みついていただろう。

 でも、あたしは生まれ変わった新アリスなのだ。

 まさか、あたしがこんなにデレてしまうなんて……自分でも信じらんない。


「嫌じゃないもん。タケルがしたいなら、好きなだけ……いいよ」


 👩 👩 👩


 そんな毎日を過ごしているとスミカに話したら、ものすごく呆れられるとともに 『やりすぎは駄目よ。アリスちゃん、自分で気づいてないでしょ。最近のあなた、色気ありすぎなんだから』とちょっとばかり、怒られちゃった。

 『でも、良かったね。私達は皆で二人がゴールインするのを応援していたからね』って言われて、あれ以来、特に緩くなった涙腺が崩壊した。


 そして、スミカにも思わぬ告白をされた。

 カオルと付き合っていたらしい。

 何それ、知らない。

 あたしとタケルが鈍すぎて、気付かなかっただけでずっと付き合っていたそうだ。

 道理であの二人、いつも一緒に行動している訳だわ。

 同じ文芸部だからなのかと思ったら、そういうことだったんだと今更、考えてる。


 夏休みに入るとユイナさんの仕事が忙しくなり、二人きりの生活になった。

 気分だけではなく、体験として新婚生活を味わってる。

 幸せを噛み締めてる。

 そんな訳でタケルが部活で汗を流している間、ホントは見に行きたくてしょうがないのを我慢してお買い物をするあたしなのだ。

 料理、掃除、洗濯etcと内々のこともそれなりに大変だけど楽しくこなせてる。

 だけど、買い物だけは苦手なのだ。

 車なんて便利なものはない。

 いくら近所のスーパーとはいえ、両手に荷物を抱えてこの暑い中を帰るのは結構、辛い。

 それじゃなくても辛いのによりによって、この人に会うとは!


「北畠さん、お久しぶりね」

「足利さんこそ、お久しぶり。どうしてたの?」

「私、忙しいものですから。あなたこそ、元気そうだけど、どうしていたのかしら?」


 お互い、腹の底探り合うみたいなこのマウント合戦、嫌すぎ。

 別に仲が悪い訳じゃないんだけど。

 苦手なんだよね。

 仲が良くもない複雑な距離感だし。


「見れば分かるでしょ。主婦業は大変なのよ」

「主婦業って、あなた……結婚してないじゃない、まだ」

「まだ、結婚してないだけですぅ! すぐにでも出来ますぅ! 明日にでもしましょうか?」

「あなたって人は……凄いのか、馬鹿なのか、良く分からないわね」


 そう言って、くすくすと笑う足利さんはホントにきれいでお嬢様力が半端ない。

 そうなのだ。

 この子、ホントにお嬢様だった。

 それもサッカーチームを経営してるなんてね。


 彼女が語ってくれた転校理由は意外な物だった。

 なんと家業を手伝う為だそうだ。

 父親が名うての実業家でオーストリアで三部プロチームを経営しているんだって。

 それを手伝う才女(自分でそう言ってた)の足利さんは中学生の頃から、経営に参画しているだけに何が必要なのか、はっきり見えていたらしい。

 チームに必要なのはスター性と未来を担う潜在力・実力を兼ね備えた若い選手。

 そこで以前から、目を付けていた日本の高校生をスカウトすることに決めた。

 それがタケルだったなんてね。

 あの時、あたしが教室で目撃して、勘違いした二人のやり取り。

 あれはチームに勧誘して海外への渡航を促す足利さんとそれを拒否するタケルって図だったのだ。

 早とちりしたあたし、いい加減にしろって話なのよね。


 それでタケルがチームに入らない理由があたしの存在と斜め上の考えに至った足利さんはあたしたちの仲を引き裂こうとしたんだけど。

 あたしたちは逆にそのせいで結ばれてしまって。

 でも、あたしはタケルと相談して、『足枷にはなりたくない』って伝えた。

 変な意味じゃない。

 大事におもってくれるのは嬉しいけど、その為にチャンスを不意にするのはいけないと思ったからだ。

 あたしはサッカーを楽しんでプレイしてるタケルがかっこよくて、好きなのだ。

 タケルにもっと羽ばたいてもらいたいって、心から思ってる。

 だから『離れていたって、心は一緒だから平気』って、強がって言った。

 ガン泣きしながら、言われても説得力ないってよねって、思いながら。

 それで決めた。

 行くのなら、二人で行こうって。


「この夏季休暇が過ぎる頃には手続きが済むと思うの」

「お世話になります?」

「あなた……いえ、いいわ。長い付き合いになりそうだから、これからもよろしくね」


 彼女とはいい友人になれるかもしれない。

 ちょっとだけ、そう思えた。


 ⚽ ⚽ ⚽


 そして、今、あたしたちはオーストリアにいる。

 結局、足利さんには色々と面倒を掛けてしまったので足を向けて、寝られそうにない。

 彼女がいなければ、もっと時間がかかっていたことだろう。


 言葉を覚えなければいけなかったり。

 タケルの健康管理をしなきゃいけなかったり。

 日々、追われるような生活をしてる。

 それでもいつも二人一緒にいられるのだから、何の不満もない。


「アリス、何を考えていたの?」

「……タケルのこと。タケルは?」

「僕もアリスのことを考えていたよ」

「サッカーのことも考えなきゃ、駄目でしょ。もうっ」

「サッカーも大事だけどアリスの方がずっとずっと大事だからね」

「バ、バカぁ……でも、好き」


 初恋は実らない。

 幼馴染は恋人になりにくい。

 あたしはそのままだとヒロインになんて、なれなかったんだろう。

 負ける要素が多すぎるもん。

 ヒロインじゃなくったっていいんだ。

 あたしがなりたかったのはタケルの隣にいることだけだったんだって、気付いたから。

 でも、好きって、お互いに伝えあえたから、結ばれて。

 今はとても幸せ。

 ずっとこのまま、一緒にいたい。

 死が二人を分かつまで。


「ねぇ、タケル。死ぬまで一緒にいたいって言ったら、重いかな?」

「アリスが言わなくても僕はずっと、そのつもりだよ」


 自然と唇が重ねられて、あたしの心は温かくなっていく。

 これからもずっと一緒だよ?

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