第17話 僕が嘘をつくような顔に見えますか?

「仲が良い人と喧嘩しちゃったの」

「あぁ、それで剣を振ってたんですね。でも、ほら喧嘩する程、仲が良いって言いますよ。リナさんはその人に謝りたいんでしょ?」


 ランスさんにも嘘をついちゃったなぁ。

 ホントは喧嘩じゃないもん。

 あたしが勝手に怒ってるだけ。

 それは喧嘩じゃない。

 それに想像したくないけどあの二人、もう付き合っていて、恋人だったら、あたしがお邪魔虫なだけで……。


「うん……あたしが悪いから、謝りたいわ。彼はあたしが不機嫌になってて、困ってるかもしれないし。もしかしたら、我が儘ばっかのあたしに愛想尽かしたのかも」

「彼……ですか? 女の子同士の喧嘩かと思ったんだけど、違ったんだね」


 ランスさんの声色はなぜか、動揺を隠せてない。

 何で動揺してるのか、分かんないわね。

 バケツのせいで表情読みにくいから、余計に分かんない。


「彼って、言っても彼氏じゃないわ。幼馴染なの」

「そうなんですか。リナさん、もてそうなのでてっきり、彼氏なのかと思いましたよ。そっか、幼馴染なのか」


 ランスさんは腕組みをして、何かを考えてる素振りをしてる。

 バケツだから、分かりにくいけど多分、幼馴染が琴線に触れたとか?


「え? あたしがもてそうに見えるの? そんな要素ないってば。告白されたこともないもん」

「そうなんですか? こんなに声がかわいいのに」


 だいたい、フード被ってるから、顔が見えないのにもてそうって、思える?

 声? 声がかわいいって、そうなの?

 今まで言われたことないんだけどランスさんの言い方に迷いがないから、ホントなのかな。タケルもかわいいって、言ってくれるのかな……。


「そうなの? ホントに? そんなこと言われたことなくって」

「本当ですよ。僕が嘘をつくような顔に見えますか?」


 彼はバケツの癖にのたまいましたよ。

 バケツなんですけど?


「やだぁ、あなた顔見えてないじゃない。あはは」

「そういえば、そうでしたね、ははっ」


 気が付いたら、無意識に笑ってた。

 というより、ランスさんが落ち込んでるあたしを元気づけようとしてくれたんだ。

 ホントにいい人みたい。


「ちょっとだけ、元気が出たかも。あなたのお陰ね」

「あっ」

「どうしたの? 急に変な声出して」

「そろそろ、落ちないともう結構、いい時間みたいですよ」

「そうなの? って、夕食近いじゃない。まずいわ」


 折角、いい感じで友人くらいにはなれそうだったのにまさかの時間切れなんてね。

 あたしたちは慌てて、ギルドハウスに戻りログアウトするのでした。


 夕食の支度をしようとキッチンに行って、冷蔵庫を確認。

 案の定、何も無い。

 食材が全く無い。

 あるのはアルコール類や果汁飲料などの飲み物ばかり。

 フリーズした。


「これ、ユイナさんに怒られるやつじゃない……」


 でもなぜか、家にいたタケルに『まだ、間に合うから大丈夫だよ』と励まされて、一緒に近所のスーパーに買い物に行くことになった。

 まるで新婚夫婦みたいじゃないと思ってるのはあたしだけなんだろう。

 タケルは単なる善意で手伝ってくれてるだけだもん。


 🌃 🌃 🌃


 ――三年後

 タケルが日本からいなくなって、もう三年も経ってしまった。

 あたしはショックから、モデルとしての活動も一時期、封印して家に閉じこもった。

 カオルやスミカに支えられて、モデルとして表舞台に復帰したのはつい最近のことだ。

 モデルとして有名になれば、タケルと会えるなんて、馬鹿げた夢を見ていたのかもしれない。


『楠木選手はもはや日本代表のエースストライカーといっても過言ではありませんね』

『彼ほどの選手が高校まで無名だったのが不思議なくらいですね』


 タケルは足利さんを選んだ。あたしを捨てて。

 それは違うよね。

 あたしたちはそもそも、付き合ってすらいなかったんだ。

 好きだったのはあたしからの一方通行でタケルは迷惑に思ってたんだろう。

 だから、負けちゃったんだね、あたし。


『彼の才能を見出した足……』


 あたしはそれ以上、聞くのも見るのも嫌になって、テレビを消した。

 彼の隣にいるのはあたしだと思っていたのにそれは間違いだったのだから。

 彼の隣にふさわしかったのは足利さんだったんだ。あたしはタケルの足枷になっていただけ。

 彼が羽ばたくのを妨げる忌まわしい魔女。

 そんなあたしに生きる意味なんて、あるのかな……。


 🌃 🌃 🌃


「いやあああああああ」


 自分の悲鳴で目が覚めるなんてね。悪夢……よね?

 現実じゃないよね?

 ハァハァという自分の激しい呼吸音が寝室に響いて、うるさい。

 でも、あたしはそれでさっきのが単なる夢で現実ではないと気付いた。


「あたしはタケルの隣にいちゃ、いけないのかな」


 あたしの声に応えてくれる者なんていやしない。

 自分で決めなきゃ、いけないんだよね。

 あれ? そう言えば、あたしって、タケルに好きって言ったことあったかな。

 言わなきゃ伝わらないって、教えてもらったよね。


「うん、明日、伝えてみよう」


 そう心で密かに誓いを立てると寝ようと頑張ってみるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る