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「大丈夫。かすっただけです」


 太刀筋は悪くない、と飛燕は冷静にその男を観察する。ただのごろつきではなく、本物の衛兵だろう。秋華と同じように、周尚書に買収でもされたか。ただしこちらは本人の意思で行動しているようだが。



「くそっ……!」


 苛立った男はさらに打ち込んでくる。その男の腕をつかんだ飛燕は、そのまま男の背後に回ってその場に背中から倒し、剣を持った手に手刀を叩きこんだ。


「うがっ!」


 痛みで男が剣を落とす。飛燕はそれを素早く拾うと、男の首に突き付けた。


「動くな!」


 にわかに殺気立った牢の外の男たちに向けて、飛燕は叫んだ。首に剣を突き付けられた男はもとより、外の男たちも動きを止める。



「秋華殿、こちらへ」


 少し離れてその様子を見ていた秋華は、そろそろと飛燕の近くに寄っていく。


 飛燕はゆっくりとその男を立たせると、その姿勢のまま慎重に牢を出た。



 男たちの様子をうかがいながら、飛燕と秋華はじりじりと通路の出口へと向かう。


 飛燕が出口を確認するために視線を外した一瞬を狙って、男たちの一人が剣を抜いて向かってきた。


 飛燕は、捕まえていた男をおもいきりその男に突き飛ばして、剣を構える。



「秋華殿、行ってください!」


「でも……!」


「私があいつらを足止めしているうちに、早く!」


「させるか!」


「やっちまえ!」


 秋華を背にかばったまま、飛燕が男たちと切り結ぶ。鋼のぶつかり合う高い音が、せまい牢の通路に響いた。多人数を相手にしても、飛燕は一歩も引くことなく剣をふるう。



「きゃ……!」


 分が悪くなったことを感じた男の一人が、飛燕ではなく秋華に剣を向けた。気づいた飛燕が、あやういところでその剣をはじき返す。が、わずかに飛燕の姿勢が崩れた。


「もらった!」


 そのすきを逃さず、別の男が飛燕に剣を突き刺そうとする。


(しまった!)


「だめっ!」


 その切っ先が飛燕に届くかと思った刹那、急に男の動きが止まった。目を見開いた男が、その場にゆっくりと崩れ落ちる。



 飛燕は、その男の横に立っていた秋華の手に、血のりのついた短剣が握られているのを見た。



「秋華殿、それは……」


「ひ、飛燕、様……」


「飛燕!」


 その時、通路の向こうから鋭い声が響いた。飛燕と秋華が振り向くと、そこには息をきらした龍宗がいた。


「無事か?!」 


 衛兵たちに囲まれた飛燕を見て安堵しかけた龍宗は、飛燕の腕が血に濡れていることに気づいて一瞬足を止める。その龍宗に向かって、新たな敵とばかりに男たちが剣をふりあげて向かっていった。



「おおお!」


 瞬時に状況を把握した龍宗は、駆け寄りながら自分の腰の刀を抜く。向かってきた男たちの剣が、容赦なく龍宗に襲い掛かった。飛燕との切り合いで頭に血がのぼっていたらしい男たちは、自分たちが誰を切りつけているのかまったく気づいていない。


 かん、と高い音をたてて一人の剣を弾き飛ばした龍宗が、思い切り声を張った。


「痴れ者めが!」



 薄闇に響いた龍宗の怒号に、びくり、と男たちの動きが止まる。その声が聞いたことのあるものだと気づいて、男たちは龍宗の顔をまじまじと見つめた。



「まさか……陛下……?」


「何故こんなところに……」


「陛下は何も知らないと……が……」


 男たちは、そこにいるのが誰なのかをようやく認識してそれぞれに動揺する。


「主たる我に刃を向ける意味、重々承知しての行動だろうな!」


 龍宗の体からあふれる気迫に、男たちは無意識に後ずさった。

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