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「皇后って、こんなに急に決まるものなのね。もっと何か審査みたいなのがあるのかと思っていたわ」


「そうよね。ほら、覚えてる? 以前、皇帝がいらっしゃったときにみんなで舞を舞ったこと」


 緑蘭が言って、璃鈴がうなずいた。


「ああいうのが繰り返されるのかと思ったけど、あれきりだったわね」


「まさかあの時に璃鈴が見染められたというの?!」


 皇后になりたかったというより自分が選ばれなかったことで憤慨している英麗は、納得できない様子だ。



「本当になんで璃鈴なのかしら。どんな美妃が来るかと思いきや、こんな山猿が来たのでは皇帝だってがっかりするでしょうに」


 緑蘭は美しい顔のわりに言葉に容赦がない。



 現在のこの里には、璃鈴を入れて六人の巫女がいた。皇后になるための教育は厳しく行われていたが、それがなければ巫女としての生活に生きるのんびりとした里なのだ。


 後宮に何人妾妃を入れてもいいが、神族からの妃はたった一人と決まっている。現皇帝の妃が決まったのなら、次の皇帝が妃選びを始めるまでこの里は皇后を育てる役目を失い、以前通りただの雨の巫女の里となる。残された巫女たちは、それぞれ年頃になれば神族の男性と結婚し、また新たな巫女たちを育てていくのだ。それが、神族として代々繋がれる宿業だ。



「一緒に行くのは、秋華ですって?」


 花梨が璃鈴に聞いた。


「ええ。よかったわ、都に行くのが一人ではなくて。秋華が一緒なら、私も心強いもの」


 璃鈴が笑って言うと、なぜか巫女たちは沈黙した。そしてお互いに目配せをしあう。


「まあ、璃鈴がいいならいいけど……」


 歯切れ悪く言った花梨を、璃鈴は不思議そうに見上げた。花梨は何か言いかけて口を閉じ、それから微笑んだ。



「おめでとう、璃鈴。あなたならきっと、いい皇后になれるわ」


「花梨……」


「これ、よかったら持っていって。私からのはなむけ」


 そう言って花梨は、きれいに刺繍した手巾を璃鈴に渡した。


「まあ。ありがとう」


「本当は今夜渡すはずだったのよ? 皇后への贈り物にしては粗末かもしれないけれど……私の作った中では、いっとういいものだからね」


「嬉しいわ、花梨。ずっとずっと、大切にする」


「私は、これ」


 緑蘭は、淡い色の半襟を差し出す。それは、大人用の襟だった。



「今日から使えるようにがんばって間に合わせたの。皇后になっても使えるから、よかったら使ってね」


「大人の色……憧れていたの。嬉しい。ありがとう」


 明日からは、この色の襟をつけた衣でみんなと舞うはずだった。そうなることに憧れていた。


 そう思うと、急に璃鈴の胸に実感がわく。


 都へ行くこと。今日で、みんなと別れることが。


 つきん、と璃鈴の胸が痛んだ。



「邪魔じゃなかったら持っていきなさいよ」


 そう言って英麗が渡したのは、玻璃と瑠璃を組み合わせた簪だった。璃鈴は驚いて顔をあげる。


「これ、英麗の一番気に入っていたものじゃ……」


「だからよ。皇后となる女が、みすぼらしい装飾品じゃ、里の名が落ちるわ。せいぜい美しく装いなさい」


「じゃあ、これも。私が皇后になる時にさす予定だったんだけど、あんたでもいいわ」


 瑞華は、璃鈴の帯に銀の留め具をさしながら、璃鈴を抱きしめた。


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