第一章 十六歳の誕生日
- 1 -
「璃鈴! 何やってるのよ!」
悲鳴のような声が聞こえて、璃鈴はぎくりと肩をすくめた。
(あらー、見つかっちゃった。でも長老に見つかるよりはましかなー)
璃鈴は、一回深く呼吸をすると、笑顔で振り返ってぶんぶんと手を振った。
「秋華!」
自分に向かって岸壁の真ん中で手を振る璃鈴に、秋華は悲鳴をあげた。
「あぶない! 手を離さないで!」
「大丈夫よ。すぐ行くわ」
真っ青になった秋華が駆け寄ってくるのを見ながら、璃鈴は裳を大胆にひらめかせてまた岩肌を降り始める。
璃鈴がはりついていたのは、彼女たちの住む里の裏にある岸壁だ。この里の半分は、この高い山に続く岸壁に覆われている。璃鈴はその壁をたった今降りてきたところだ。
はらはらしながら見ていた秋華の前で、最後の一尺ほどを璃鈴はひょいと飛び降りた。秋華が小さく悲鳴をあげる。
「気をつけて! けがはない?」
「平気よ、ほらね」
璃鈴は、あちこちに土のついた手を見せてにっこり笑う。秋華は、ようやく、ほ、と息をついたようだ。
「驚かせないでよ。一体なんであんなところに登っていたの?」
「うん。これ」
聞かれて、璃鈴は自分の背中に背負っていた布袋をはずす。そこからは、白い花がついた枝が顔をのぞかせていた。璃鈴が壁をおりてくる様子が気が気ではなかったらしく、秋華はその背にあるものには気づいていなかった。
「この花は……梅?」
「ええ。里の梅はまだ蕾が硬いのに、どこからか梅の香りがしていたの。だから探してみたんだけど」
璃鈴は、今自分が降りてきた断崖を見上げる。さすがに下から見れば、悲鳴をあげた秋華の気持ちが少しだけわかった。
「どうやらこの上から匂いがこぼれてるみたいだったから、ちょっと登ってみたのよ。ここを登って少し奥へ行ったところにね、一本だけ、梅の木があったわ」
「登ってみたってあなた……危ないことはやめてちょうだい。必要なら、下男の誰かにお願いすればいいんだから」
秋華は眉をひそめたが、璃鈴の持っている梅の花に目を落とすとほんのりと笑みを浮かべた。
「ちゃんと春は近づいているのね」
「ね? 最近は少し機嫌が悪いみたいだけど、天は今でも大地に恵みを届け続けてくれているのよ」
それ以上秋華に小言を言われたくなかったので、璃鈴は少し言い訳のようにそう言った。
無茶をしたかな、とは、璃鈴自身も思っている。けれど、何よりも天の恵みを待ちわびているこの里のみんなに、季節が今年もめぐってきた証拠を見せて安心させたかったのだ。
そんな璃鈴の気持ちを悟った秋華は、一つため息をついて、もうそれ以上文句を言うのをやめた。
「それより、あなたも今日で十六歳でしょ? 大人の仲間入りなんだから、もうちょっと乙女らしくしてちょうだい。ああもう、仕事用の裳とはいえ、泥だらけじゃない。しかもこんなにひっかき傷を作って」
「十六になったからって、私は昨日も今日も明日になっても、変わらずに同じ私よ」
減らず口を叩きながらも、璃鈴は持っていた梅の枝を秋華に渡した。袋に詰められていた割には、その枝はまだかなりの数の花をつけていた。秋華はそれ以上花びらを落とさないように、そ、と預かる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます