第3話 正直見損なったぞ!

「それじゃあお前ら! 牛豚鶏とその他もろもろ飯に感謝! いただきまーす!」

「いただきまぁぁす!!」

 昇龍二高2年3組、30人中24人。むさ苦しい不良たちが焼肉屋の大テーブルを一つ占領し、手を合わせる姿は不思議とからりと明るくて。憲太郎の挨拶ののち、佳代は満面の笑みを浮かべて立ち上がる。

「皆の者! よく始業式に出てくれた、長い時間よく頑張った! 今日は90分食べ放題コースだ、どれだけ食べても僕は構わん! 思う存分楽しめ!」

「いぇーい! 佳代ちゃん太っ腹ー!」

「佳代っち最高! ふぅー!」

「はっはっは、崇め奉れ! さぁ皆の者、遠慮せずどんどん食うのだ!」

「おーっ!」

 佳代の号令に不良たちは次々と肉を取りに席を立ってゆく。兆は深く息を吐き、隣に座る佳代に顔を寄せて囁いた。

「佳代、本当にこれでよかったのか? これじゃあいつらに都合のいい金蔓だと思われるぞ」

「ふふん、これでよいのだ! 犬をしつけるときは、上手くできたらご褒美におやつをあげるだろう? そういうことなのだっ」

「犬って……カツアゲされたらどうするんだよ」

「兆は心配性なのだ。そこはなんとかするのだ」

「楽観的だなぁ……そこも変わらずにいてほしくなかった……」

 疲れ果てたように頭を抱える兆に、佳代は小動物のような仕草で首を傾げる――と、刺々しい喧騒が耳を打った。勢いよく振り返ると、色黒の生徒と赤メッシュの生徒が掴み合っていて、佳代は条件反射で椅子を蹴る。

「おい、待て佳代!」

「待たないのだ! 公共の場での喧嘩は見過ごせないのだ!」

「待てっつってんだろ!」

 紺色の学ランの袖をつかみ、兆は佳代の身体を勢い良く引っ張った。もう片方の手で肩を掴んでその場に縫い留める。

「放せ、兆!」

「ダメだって! アレは普通の喧嘩とはわけが違ぇんだよ……!」

「何が違うというのだ!?」

「いいか、よく聞け」

 声を潜め、兆はひっそりと指を伸ばす。地黒と赤メッシュを交互に指し示しながら、モンスター図鑑をめくるように口を開いた。

「昇龍二高にはでかい喧嘩チームが二つある。『イソップタシット』、通称『イソップ』と、『ライドラ』こと『Rising Dragon』だ。そんで地黒の奴は『イソップ』、赤メッシュのあいつは『ライドラ』のメンバーだ。この2チームは互いに対立してて、ちょっとした小競り合いからチームの威信を賭けた喧嘩まで、毎日のようにやり合ってる……しかも容赦なんて誰もしねぇから、割って入るだけ損だぞ」

「知らん!」

「はぁ!?」

 堂々と言い放ち、佳代は兆を振り切って大股で歩き出す。掴み合う二人の間に割って入り、無理やり引き剥がした。

「なにすんだよテメェッ!」

「なにすんだじゃないッ! 公共の場で喧嘩をするな! 喧嘩は私有地でしろ!」

「シユーチ……なんだそれ、日曜朝にやってるニュース番組か?」

「それはシュ〇イチ! 僕が言っているのは私有地! というかまず喧嘩をするな、喧嘩の原因は何なのだ」

 腰に手を当てて問うと、赤メッシュがむっと唇を尖らせた。地黒を指さし、ブーイングでもするように口を開く。

「いや、俺が取ろうとした肉、コイツが取っちまってさ。最後の一つだったんだぞ、ひどくね?」

「ハッ、これだから『ライドラ』の奴は頭が固ぇ。取ろうとしたとか知らねぇし、早い者勝ちだろ?」

「ハイ出た『イソップ』のジコチュー」

「なんだとテメェ!」

「あぁ!? やんのかゴルァ!」

「やめろと言っている!!」

 再び掴み合おうとする二人を引き剥がし、佳代は腕を組んだ。アーモンド形の瞳で二人を睨み、言い放つ。

「お前らは小学生か! そんな下らないことで喧嘩するんじゃあない! 自己中は自己中でも、ド〇プリのジコチューか!」

「あぁ!? 言ったなテメェ!」

 色黒が勢いよく佳代に振り返り、ぼきぼきと指を鳴らす。しかしそんな彼にも臆せず、佳代はさらに木槌のような言葉を続ける。

「ああ、言うのだ! だいたいイソップ童話だかライブラリだか知らんが、そんなことはどうだっていいだろう! 同じ高校のくせに二つに分かれて相争うなど――」

「佳代黙れッ!」

「むぐっ!?」

 後ろから口を塞がれ、佳代はアーモンド形の瞳を見開いた。視線を横に向けると、暗雲の立ち込める空のような顔色の兆。地黒と赤メッシュが包丁のような視線を容赦なく佳代に浴びせて、兆はそんな二人から彼を守るように一歩前に出る。

「悪ぃ、佳代は本当にここのルールとか何も知らなくて、散々馬鹿にするようなこと言わせちまって、本当にすまねえ。どうか俺に免じて見逃してくれないか?」

「は?」

「嫌だし」

 速攻で切り捨てられ、俯く兆。地黒と赤メッシュはそんな彼に、容赦なく鉄砲のような言葉を浴びせはじめた。

「なんで『イソップ』所属の俺が『ライドラ』のお前の言うこと聞かなきゃなんねえんだよ。言うこと聞かせたいってんなら拳で語れや」

「言うて『ライドラ』の中じゃ俺の方が階級上だし? 中堅どころのキザッシーの言うこと聞く必要も義理もねーんだけど。っていうか中堅の分際でよくそんなこと言えるよね? ボコられたいの?」

「……いや、そんなつもりじゃ……」

 二人の鉄砲のような視線に、思わず口ごもる兆。佳代はしばらく黙って話を聞いていたが、唐突に口を開け――兆の指先を、思いっきりかじった。


「あ痛った!?」

 思わず手を引っ込める兆に向き直り、佳代はその眉間にぐりぐりと指を押し込んだ。丁寧に手入れされた詰めが眉間に刺さり、兆は思わず目を閉じる。

「お前がそんな気概のない人間になってしまったとは思わなかった! 正直見損なったぞ! そんなウジウジしていたって何一つ変わらない、何より尊厳を踏みにじられて黙っていられるものか!」

「い、痛ぇよ、佳代……」

「ふんっ!」

 指を眉間から引き抜き、そのまま地黒と赤メッシュを交互に指さした。ナマハゲか何かのような表情が小さな顔を満たす。ちらりと厨房の様子に視線を向け、二人に向けて言い放った。

「正座しろ!」

「は、何で」

「いいからッ!」

 鬼の如き剣幕に、渋々といった様子で二人はその場に正座する。腕を組んでそんな二人を見下ろし、佳代は堂々と言い放った。

「あと五分もすれば肉の補充が来るはずなのだ。それまで正座待機するのだッ!」

「はぁ!? そんなに長く――」

「口答えは聞かん! 行くぞ、兆!」

「お、おう」

 腕を組んだまま皿を取りに行く佳代に、兆は呆然とついていく。彼の後ろ姿はひどく眩しく見えて……アイボリーブラックの髪から、ふっと視線を逸らすのだった。

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