風紀委員佳代
東美桜
1学期編
第1話 看過できません!
「すぅ~……はぁ~……よし!」
コンビニのガラス窓に向かい合い、深呼吸。学ランの襟に手を当てると、早速ホックが外れかけていた。編入初日からこれでは格好がつかない。ホックをかけ直し、少年はガラス窓の中の自分を見つめる。ワックスでもつけない限り、ふわふわと浮いてしまうアイボリーブラックの髪。同じ色をした瞳はアーモンド形をしていて、淹れたてのコーヒーのようにきりりとした光を浮かべている。紺色に白いラインの学ランの襟元には、昇り龍に「弐」の漢字をあしらった校章と、2年3組を示す組章。それらが曲がっていないことを確かめ、乱れた前髪を直す。再び深呼吸をして、勢いよく回れ右。そびえ立つ石造りの校門を、その向こうに広がる桜並木を見つめ、ぐっと唇を引き結んだ。
――私立昇龍第二高校。すっかり珍しくなった男子校にして、都内屈指のヤンキー高校。本来は姉妹校である昇龍第一高校に籍を置く彼が、交流事業で学校間留学をすることになった高校。
(僕はこれから一年間、ここでやっていくのだ……!)
◇
「おはようございます!」
「おはよう、君が
職員室に入ると、出迎えてくれたのは背の高い中年教師だった。細い首元に滲む汗をぬぐい、微笑みを浮かべる。
「まずは昇龍第二高校にようこそ。俺は2年3組の担任の
「よろしくお願いします!」
はきはきと挨拶をし、一礼する。アイボリーブラックの髪を揺らして顔を上げる少年――佳代に、東海林は黒い瞳に真剣な光を宿した。
「……早速だが、勘解由小路。昇龍二高は進学校である一高とは勝手が違う……まず偏差値に差がありすぎるし、その分不良も多い。校則違反常習犯が生徒の大半を占めているし、半グレ集団に身を置いている生徒も数多い……教師も手を焼いているが、改善される気配は全くない。姉妹校の交流事業とはいえ、普通に考えて一高からうちに来るメリットはほとんどないんだ」
「承知の上です」
黒い瞳を正面から見据え、言い放つ。あまり大声で言える話ではないが、毎年新2年生から一人が選ばれる姉妹校間の交換留学では、一高側からは落ちこぼれの生徒が選ばれることが多い。しかし、と佳代は数度瞬きをし、口を開いた。ステンドグラスのように鮮やかな言葉が流れ出す。
「僕は自ら望んでこの高校に来ました。姉妹校の風紀委員として、二高の荒れっぷりは看過できません!」
アーモンド形の瞳は真夏の太陽のような光を宿し、その声は落雷のように明瞭で。呆然とする東海林を正面から見据え、彼は威風堂々、言い放った。
「僕はこの高校を変えます、変えてみせます!」
◇
(……それにしても、不良の巣窟なのだ)
腕を組み、教室の脇の壁にもたれかかる。目を閉じると、教室の中の喧騒が鮮やかに耳に届いた。
「おい、それ今週のジャ〇プだろ? 貸せよ」
「は? これは俺の金で買ったもんだ。テメェなんざに貸してやる義理はねぇ」
「いいから貸せっつってんだろ!」
「あぁ? やんのかゴルァ!!」
ピク、と佳代の眉が動く。彼らは朝から一体何をしているのか。まず学校にジャ〇プを持ってくるな。サ〇デーもマガジ〇も。そんな教室の扉を開け、東海林は喧騒を鎮めようと声を張り上げる。
「おはよう!」
「なぁ始業式サボろーぜ。校長の話、ゲロ長ぇし」
「マジそれな。何する? ゲーセン行く?」
「今日は一高からの編入生を紹介する!」
「お前春休みの課題やった? 千円やるから写させろ」
「いやそこは五千円だろ。じゃないと手ェ打たねーからな」
ことごとくスルーされる教師に、好き勝手する生徒たち。佳代の眉がぴくぴくと動き、口元が引きつる。なんなら彼の前をガンスルーで通り過ぎていく遅刻生徒も相当数いる。組んだ腕がぷるぷると震えるのを感じながら、佳代は薄く目を開いた。沸騰したお湯のような光がアイボリーブラックの瞳に宿る。
(何なんだ、この高校はッ! 一高とは世界が違う……荒れすぎではないかッ! ここは本当に高等学校、教育機関なのか? 少々怪しくなってくるぞ? というかこの荒れっぷり、なんとしてでも更生させないと彼らの将来が心配なのだ……あぁ、うずうずする! 風紀委員の血が騒ぐのだ……!)
「じゃあ勘解由小路、入れ!」
「はいッ!」
明瞭に返事をし、教室の前扉に手をかける。深く息を吸い、吐き……突風のように勢い良く、扉を開いた。
「げっほ!?」
――広がったのは、教室を満たす煙草の匂い。恐らく壁に染みついてしまったのであろうそれは、ちょっとやそっとの掃除や消臭では消えそうにない。そして校則のこの字もないフリーダムな生徒たち。金色やピンク色に髪を染めた生徒、学ランの前を開けて柄Tシャツを見せている生徒、耳や鼻にピアスを開けている生徒、指輪やネックレスを装備している生徒……そんな彼らの好奇の視線を浴びながら、佳代は黒板に大きく自身の名前を書いた。
――勘解由小路佳代。
「初めまして! 昇龍第一高校から学校間交流事業で参りました、勘解由小路佳代と申します!」
アーモンド形の瞳が不良たちを睥睨する。鋭い視線と利発そうな瞳が交錯する。佳代はおもむろに片手を伸ばし、ビシィッと彼らを指さした。ふわふわの髪を揺らし、堂々と言い放つ。
「――早速ですが、この高校の荒れっぷりは看過できません! 僕はこの学校を変えてみせます。全校生徒を更生させてみせます! これから一年間、どうぞよろしくお願いいたします!」
一礼し、顔を上げる。不良たちの視線は刃のように鋭く、滑った一発芸でも見るように冷めていて。それらすべてを跳ね返すように、佳代は不良たちを睥睨する。静電気が走るように張り詰めた空気の中、響いたのは――あっけらかんとした東海林の声だった。
「それじゃあ皆、仲良くしろよ。席はえっと……窓際の一番後ろだな。学校間留学生はあの席に行くっていうのが伝統だから。隣は
「はい、わかりました――って、法師濱ァ!?」
――思わず声が裏返った。聞き覚えのあるどころか、ひどく懐かしい名前。変な静寂と煙草の匂いの中、佳代はギギッと首を回す。窓際の一番後ろの席、その隣に座っているのは、グロッシーブラックの髪に三白眼、紺の学ランを前明けにして白いYシャツを見せている少年。明らかに“彼”だけれど、同時に佳代の知る“彼”とはあまりにもかけ離れていて。ふと視線が合った刹那、椅子を蹴立てる音が派手に響き渡った。三白眼とアーモンド形の瞳が揺れながら見つめ合い、爆発するような絶叫が木霊する。
「き、き、き――
「なんでいるんだよ、佳代っ!?」
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