味噌汁

 行きつけの定食屋さんでのこと。

 彼は休日出勤で疲れていて、お腹もすいたとのことで、ステーキ定食を頼んでいた。私はホワイトカレーを頼んで、先に完食していた。

 彼を見ると、何だかしみじみとした顔をしている。どうしたのかな。以前、私が言ったように、彼も「花香と食べると美味しいな」なんて思ってくれているのだろうか?

 そう思って、

「どうかしたの?」

 とあえて訊いてみた。

 すると彼はこう言った。

「俺、疲れてるんやな。ステーキよりも味噌汁がうまい」

 私はその言葉に衝撃を受けた。

 いつもなら、「そっか、そんなに疲れてるんだ。大変だったね、お疲れ様」そう思うはずだ。でも、今回はその気持ちだけじゃなかった。

 彼が、

「味噌汁がうまい」

 と言ったからだ。

 というのも、彼は味噌汁が苦手。ほとんど好き嫌いがない彼にとって、トラウマがあり、あまり好きではないものなのだ。と言っても食べない訳ではない。具は食べる。汁を最後まで飲まずに残す。

 なので私は味噌汁を作る時は具を多く入れる。食べる味噌汁にするのだ。

 なのに、その味噌汁がうまいと?

 彼は結局その日も味噌汁の汁は全ては飲まなかった。それでも私はこの定食屋さんに嫉妬した。


 彼は料理にこだわりがない方で、出されたものは味噌汁以外は全て食べる方。

「美味しかった?」

 と訊けば(一番いけないパターン。誘導尋問みたい)、

「うん。美味しかった。ご馳走様」

 と返してくれるけど、自分から、

「今日美味しかったよ」

 と言ってくれた料理は数えられるほどしかない。肉じゃが、きんぴらごぼう、魚のあら煮、鶏胸肉のトマト煮……。全部は覚えてないけれど、明確に覚えているのはそれくらい。

 逆に、付き合っている時に、初めて作ったチーズ入りのハンバーグで、

「母さんの作ったハンバーグの方が美味しい」

 と言われて、私は思わず泣き出してしまったことがある。それ以来ハンバーグはなかなか作れなくなってしまった。


 話を戻そう。

 だからこそ、彼の苦手な味噌汁をして、

「うまい」と言わせた定食屋さんに嫉妬せずにはいられなかったのだ。

 味噌汁は味噌が違えば味が違うし、出汁の取り方でも変わってくる、意外に深い料理だ。

 私は、

「そっかー。よっぽど疲れてるんだね。お疲れ様」

 と言いつつ、内心、この味噌汁をマスターしたいよ〜! という気持ちでいっぱいになったのだった。



2020.11.19

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