第18話 美紀の事情

退院後も相変わらず仕事は忙しかったが、研究施設は一応大学の付属機関のため、各部署で春の年度変わりの休みに入り始めた。そんな中で、僕は美紀の両親のゴタゴタの後始末を手伝っていた。両親は結局離婚と言う事になり、母親は、実家の薬局に戻り昔の様に経営に付く事になった。父親の方は、相変わらず帰国しないまま、メールや電話での対応に終始した。僕は美紀の母親の方には、挨拶に行っていたが、父親とは未だ逢えず仕舞いでいた。

「お父さんには、手紙を出しておいたよ。」休日を利用してあちこち飛び回っていた美紀が、僕の部屋に戻ってきたのは、三月も終わりに近かった。

「引っ越しとか、不動産屋の手続きとか色々頼んじゃってごめんね。」

「家引き払っちゃっていいの。ずっと暮らしていた家だろう。」

「うん、暫く彼処には住みたく無い。でも相続の話で、あの家は私の所有て事になりそう

なので、取りあえずリホームして、誰かに貸すつもりだけど、良かったかな。」住み慣れた家をあえて捨てる様な美紀の決意に、彼女の心の中の軛(くびき)を解放しようとしている葛藤が感じられた。美紀の両親は二人とも薬学部出で、そんな事もあり当然の様に彼女も薬学部に進んだ。父親はドイツの某薬メーカーに勤め、当初母親も自分の薬局の経営に参加していた。美紀が生まれて暫くしてから主婦業に専念する事になったが、手が掛からなくなると、再び薬局の仕事を始めていた。そんな家族事情の中で、帰国しない父親と経営に忙しい母親との間に次第にすきま風が吹き出し、その風の温度が徐々に冷えっていってついに、二人の間に頑強な氷の壁を築きあげてしまった。

「高校の時、親の忠告を無視して一人旅に出たのも、家に居るのが嫌だったからなの。母と二人で暮らしている時は特に何にも感じないけど、父親がたまに帰って来た時の空気はいたたまれない、だから夏休みや冬休み、特に年末年始なんか、家に居たく無かった。でもそのおかげで和君と出逢えたし・・・」美紀は何時の間にか荷解きを止めて、昼食の準備をしている僕の背中に寄り添っていた。

「何だか久しぶり、和君の温もりの感じ。」僕も背中越しに、同じ事を感じていた。

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