第14話  山小屋にて

結局、その年の暮れは、美紀と茜ちゃんと三人で小屋に行くことになった。山は例年に無く雪が早く、素人の茜ちゃんを気遣いながらバス停からの道を進んだ。

「素敵、こんな雪原の山道だとは思わなかった。もっと狭くて険しい道を想像してました

。何かの映画に出てきたシーン見たいで、この先に恋人が待っているとかの。・・・

あっそうか、美紀さん達は、お互いにこの先で待っていたんですね。うんー良い感じですね、その情景て。」

「本当は、新緑の頃や秋の紅葉の頃がもっと素敵なのよ。」

「ああ、新緑の時期には、この先の一寸した谷間に『千鳥の木』て言うのが有るんだけど、この木の若葉が本当に千鳥が飛んでいる様に見えるんだ。」

「今度、その時期に連れてきて下さい。」茜ちゃんは始めての割には、器用にスノーシューを使い雪道を歩いていった。途中で、熱いお茶沸かし、美紀のお手製のクッキーを食べて休憩を取った。

「夏は、ここは小さいけど露天風呂に成るんだ。」僕は、湯気が立っている岩場を指して、茜ちゃんに説明した。

「女の子は、水着が無いと駄目ね。隠れる場所が無いでしょう。だから大体、夜ランタンを持って入りに来るのよ。」

「ええ一人で、ですか?」

「まあ、大抵は誰かを誘うけど。」

「解った、和也さんでしょう。」茜ちゃんに突っ込まれて、美紀は照れていたが、二三度、美紀達と夜の露天風呂に入り来たことが有った。もっとその時は、みんな水着持参ではあったが。

「さて出発しようか、これから一寸上りになるから。」そう声を掛けてから、僕がお茶道具を片付けている間に、女性達は用を済ませて来ていた。

「なんか気持ち良いですね。温水トイレみたいで。」茜ちゃんが面白そうに言ったのを、美紀が笑って見ていた。そこを出発してから、三十分程で小屋が見えてきた。

小屋は、冬場の雪に耐えられる様、がっしりとした丸木で作られていて、立地場所が岩盤を背にしてやや斜めなため、三分の一ほど建家が岩にめり込んでいる様に見える。小屋の前には、其れなりに広い平地があり、幾つかのテーブルと長椅子のセットが据え付けてある。夏などは、みんなで外で食事をする事もあり、夜は天体観測時の講義にも使われたりしていた。今は、雪に埋もれては居たが、一寸雪かきをすれば使える状態であるが、春までには数メートルの積雪に覆われて跡形もなく埋没してしまうだろう。

「こんちは、お邪魔します。」と声を掛けて小屋に入って行くと

「いらっしゃい。割と早かったわね。今年は雪が早くて大変だったでしょう。」

小屋の主人の夕紀さんが出迎えてくれた。

「此方が、圭輔さんの妹の茜ちゃんです。」僕が、紹介すると、

「あら、大きく成ったわね。まだ小学生の一、二年位かな、東京で逢ったきりだけど。」

「え、知ってたんですか、圭輔さんに妹さんが居た事。」

「ケイ君も和君と同じ様に、小屋で働いてくれていたから、長い付き合いよ。小屋の事務手続きで、東京に出て行った時に、ケイ君に世話になったの。その時に茜ちゃんにもお会いしているわ。」

「え、それって東京タワーを登った時ですか?」

「そう、覚えていてくれた。私の頼みで、ケイ君が案内してくれたのよ。それで、三人で展望台まで階段で登ったの。」

「階段で!」

「茜ちゃんも元気に登り切ったわよ。」

「ほう、やっぱり圭輔さんの妹だけに、山女の素質は十分有るね。」

「所で、今回は従妹のお姉さんは来ないの?それに、貴方達結婚するとかて聞いたけど。」

「地獄耳ですね。ええ、その事も含めて諸々相談したい事がありまして、まあ、その前に

僕らの事は追い説いて、その従兄弟のお姉さん、綾姉が雪人さんと結婚する事になりました。」

「雪人と!」主人は、一寸驚いて

「それは楽しみね。その辺の事情も後でゆっくりと聞かせてちょうだい。」

「ええ、一寸資料も持って来たから。」そんな話をしていると、美紀が茜ちゃんを部屋に案内してから此方に戻って来た。

「茜ちゃん、はしゃいでましたよ。トムソーヤの秘密基地みたいだって。」

「悪いわね、手伝わせちゃって。」

「大丈夫です。勝手知ったる山小屋ですから。でも暫く来ない間に、随分便利に成ったみたい。電気とか暖房とか。」

「そう、ケイ君の置き土産よ。」

「貴方達は、一部屋で良いわよね。」主人は何気に言うと

「人多いんですか?」僕が尋ねた。

「十五から二十て所かな。麓までは来てるけど、ここへは明日の朝に成るって人達が五―六人と今晩遅く成りそうな人が二―三人、今年は、雪が早かったから出足を挫かれたて所ね。」夕紀さんは宿泊予定のカレンダーを見た後、僕と美紀を、通称岩窟王の部屋と呼ばれている部屋に案内した。僕らはその部屋に荷物を置きながら、

「へえ、こんな部屋が有ったんですね。」美紀が辺りを見回して言った。

「元々、倉庫代わりに使っていたんだ。ぼくがバイトをしてる時にみんなで改修して部屋にしたんだけど、流石に冬は寒くて、でも圭輔さんが、発電機の暖房の一部を迂回配管してくれたお陰で、冬でも大丈夫に成った・・と思うけど。」

「うん、暖かいよ。」

「何でも、この小屋を造る時に、背後の岩盤に元々有った空洞らしいけど。そうだ、言っとくけどこの部屋では、アラームをセットして於かないと寝過ごすよ。」

「熟睡出来そうね。」

「それ以上かも・・・」再び、広間に戻り、茜ちゃんと小屋の主人夫妻とで、昼食を取った。そうこうしている内に、顔なじみの常連客が到着した。一頻り、お互いの近況を話した後、近くの温泉に行く話になり、美紀と茜ちゃんに情況を説明した。いつかの綾姉の様な情況に成ると困るので。

「スキーだと、行きが十分で帰りが一時間位かな」

「行く行く!」茜ちゃんは、かなり乗り気で答えた。僕は、再度美紀に事情を説明してくれる様、頼んで於いた。

「まだ寝雪じゃないので、ブシュは避けて滑って、後を着いてくれば大丈夫だから。」常連客の一人が、リーダーとなり山スキーチームが出発した。僕は殿(しんがり)を勤めた。

「結構旨いじゃない。」茜ちゃんと美紀の滑りを見ながら、にわか仕立てのチームの面々がはしゃいで滑って行くのを後ろから見まもっていた。

その温泉の湯治場は、冬になると休業してしまうが、温泉(湯船)だけは年末年始だけ解放してくれている。さらに下った場所にある温泉は、癌治療で有名になったためか、来客が増え冬でも営業していた。

美紀と茜ちゃんは事前に説明してあったので其れなり警戒して湯船に入って来た様子だったが、その必要も無くなっていた。

「何だ、この微妙な衝立は!」常連客の一人がぼやく様に言っていた。

「良識の尺度を測る壁かな。」

以前の湯船には、衝立などなく一本の標識が有っただけだったけれど、今は微妙な高さに設置された壁が湯船を男女に分けていた。それでも、以前と変わらぬ湯質に十分満足できた。後で、小屋の主人からあの衝立について聞いた話では、温泉の管理人が居ない時だけ設置されているとの事であった。

小屋に戻ると、総勢十二人と成っていて、残り四―五名は車組で、今夜遅くバス停に着き、そこの駐車場で夜明けを待ってから、登って来るとの無線連絡が入っていた。

 夕食も済み、それぞれに団欒の時間を楽しんで居る中で、後片付けが終わった主人が、

「さてと、お話を聞かせて貰おうかな。」とレンガ作りの薪ストーブの周りで寛いでいる僕らに加わった。僕と美紀は、僕らの予定を説明し、連休を利用して結婚式を小屋で挙げたい内容を話した。

「式と言ってもたいした事は出来ないわよ。まあ、知ってると思うけど。」

「ええ、旅人(たびと)さんと霧ちゃんの時がとても良い感じだったから。」僕は、数年前立ち会う事ができた、彼等の小屋での結婚式をイメージしながら言った。

「まあ、あの程度の事なら準備するわ。」主人が引き受けてくれたので、僕も美紀もほっとした時、側で聞き耳を立てていた茜ちゃんが、

「他にも、小屋で結婚式をしたカップルは居るんですか?」と話しに割り込んで来た。

「そうね、貴方のお兄さんを含め三組かな。」

「お兄ちゃん達も!」

「ケイ君、茜ちゃんのお兄さんも、薫さんも忙しい人達だったから何かドタバタとした式だったけど、そうね、何処かに写真があると思ったな。」主人はアルバムを取ってきて写真を探していた。

「三組て、圭輔さんと薫さんに旅人さんと霧ちゃん、もう一組は?」僕が尋ねると

「私たちよ。」と返事が返ってきたので、その場のみんなが顔を見合わせて納得した。

アルバムの写真には、それぞれの式のスナップが写っていて、美紀は

「良いですね、こんな感じ。」

「そのブーケは、私のお手製だけど。お花の時期に寄って色々ね。ケイ君達の時は、夏も終わりで、花らしい花が無くてワタスゲやら色づいた野草を摘んで間に合わせたのよ。」

話も進み、常連客達も三々五々自分たちのベットに戻って行った頃、流石に疲れたのか、茜ちゃんがうたた寝をし始めたので、美紀が部屋まで連れて行ったのを機会に

「この間、多恵さんと岳さんの所に行ってきました。と、その話の前に、雪人さんと綾姉

の話が先かな。」僕が切り出した。小型のDVDディスプレーを見せながら

「雪人さんの最近の作品です。この少女の絵が、大賞を取った作品なんです。」陶芸も始め、絵心もある夕紀さんの旦那さんが、

「うん、下に降りた時、ネットで見たよ。」

「このモデルが、実は三十路の僕の従妹なんですから笑えるでしょう。」

茜ちゃんの所から戻った美紀も加わり、雪人さんと綾姉を肴に話が盛り上がっていった。

綾姉の妊娠騒ぎや、雪人さんのNPO施設での綾姉の奇妙な存在やらで、話題は尽きなかったが、僕は話題を岳さん達の事へと向けた。

「薫さんからは何か話し聞いていますか?」

「手紙やメールは届いているけど、やっぱり時間差が有るわね。」

 僕は意識的に重い内容の部分を避け、この間訪ねた岳さん達の近況を説明した。

「不謹慎かもしれないけど、多恵ちゃんが居無く成った後の岳君を見守ってあげないと。

私も多恵ちゃんとは、長い付き合いだから彼女の存在の重みは良く解るつもりよ。」

主人は、多恵さんの昔の事を話始めていた。

「何かの雑誌で読んだとかで、一人でふらっとやって来たのよ。とても落ち着いて居たんで、まさかその当時高校生の年とは知らずに泊めたけど、二―三週間居た後、ふっと帰って行った。翌年からそんな風にやって来きては帰って行く繰り返しかな。人気の少ない時期を選んでいたのか、その季節が好きだったのか、手間も掛からないし、お手伝いもしてくれたから助かったのだけど、何時も一人なのが心配だったわ。小屋の常連と成ってからは、家族みたいな付き合いで年が過ぎて行って、気がついたら彼女も二十代後半、そんな頃岳君が現れたて訳かな。病気の事も彼女なりに、此処へ来る事が治療の一種と思って居たのかもしれないけど。」主人は、小屋での多恵さんの事を断片的では有ったが客観的な事実として話してくれた。女友達としての薫さんとの出会いや、その後の岳さんとの出会い、そして小屋で語り継がれている、幾つかの伝説的な話の一つと成った告白の事など、話は尽きなかったが、明日も早い小屋の始まりのため、お開きにして僕らも部屋に戻った。

「何だかここ十年分位の話を聞いた様だね。」

僕らは床についてから、真っ暗な部屋の中でポツリポツリと語っていた。暫くして美紀が寄り添って来たのを感じつつ、何時には無い深い眠りに入っていた。

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