優しい関係

QCビット

第1話 外苑での再会

外苑の公孫樹(いちょう)並木が、色づき始めた頃、久しぶりに美紀に逢う事ができた。三本木美紀、あだ名はポンちゃん、あだ名の由来は、仕切るのが旨いため、物事をポンポン決めて行くので付いたあだ名らしいが、別に体型が、特定の動物に似ていると言う訳ではない。僕(山下和也)同様、一人っ子である。

一人っ子と言うのは、兄弟が居ない分だけ、身近な身方が居ないせいか、敵を作らない人付き合いをする傾向がある。人と常に距離を置くやり方と、悪く言うと八方美人的に、集団を旨くまとめて行くやり方である。美紀は、後者の方で、僕は前者の方である。

美紀とは、アルバイトをしていた山小屋で、夏の終わりに知り合った。すでに、社会人2年目の美紀は、友人二人と旅行に出て、この小屋にやって来ていた。夏も終わりに近く、来客者もまばらになり、わりと暇な事もあって3人で話す事が多くなった。そんな話の中で僕とポンちゃん(美紀)が、お互いに一人っ子である事を知った。

「高校時代に良くこの小屋には来ていたの。」

今年始めての、アルバイトの僕にとっては、伝説的な来客者の昔話が興味深くて面白かったのを覚えている。

そんな事を考えながら外苑の広場で時間を潰していると、第三の一人っ子が現れた。山下綾佳、通称綾姉(綾ねえ)、僕の従妹である。僕は綾姉をつれて待ち合わせ場所の店に行った。美紀は既に来ていた。

「やあ、久しぶり、待った。」

「たいした事ないわ。」

「こちらが、ポンちゃん、いや美紀さんです。」ぼくが綾姉を丁重に紹介しようと思った時

「へえ、和君にこんな可愛い妹見たいな、従妹さんが居るなんて。」美紀の言葉に、ぼくは内心ヤバイと思いながら、綾姉の顔を見た。

「和也、またちゃんと話してないね。」

綾姉は、眉毛をヒックとさせながら言った。

「だから、高校の入学式があるので・・・、住む所を探すのを手伝って欲しいって。」二人の会話を美紀は、キョトンとした顔をして聞いていた。

美紀は、誤解していた。また、綾姉の外見から来る誤解であった。綾姉と二人でいると、第三者は、粗方綾姉を妹と間違える、高校生ですめば良い方で、下手をしたら中学生に間違えられ、危うく補導されそうになっていた所を、大学生のぼくが保護者である事にして乗り切った事もある。この夏、せがまれて、山小屋につれて行った時も、結局、ぼくの妹にされて、かなり怒っていた。美紀にその辺の事情を一通り話し、理解してもらうまでに数十分掛かった。

「M大付属高校の先生!」

「ええ、この秋から赴任、専門は物理、趣味は武道。」

「綾姉は、合気道と剣道の有段者なんです。」と僕が付け加えると。

「剣道じゃなくて、長刀。」

「あ、そうか」

「この辺が地元の美紀に、学校に近くて便利なアパートを紹介してもらおうかと思って。」

美紀は、やっと事情が飲み込めたのか、残りのジュースを一気に飲んで息を吐いた。

「あっそうだ、もう一つ、僕もM大の付属研究施設の客員研究員として、こっちに出てくる事になりました。」僕が唐突に言うと、美紀は再び驚いた様な目をして僕らを見つめた。

「それは、そうと美紀さんとは、どうゆう関係かな和也?」いきなり、ちょっと意地悪そうに綾姉が、切り出したのにドキリとしながら

「ええ、・・山仲間から今は、恋人・」

美紀が、少しぽっとしながら

「小屋では、お世話になったんですよ。山菜を積んだり、二人で温泉に行ったり。」

「温泉て、あの温泉か?」綾姉が怪訝そうに言った。それは常連客と、近くの温泉に出かけた時に事件が起こった。予めちゃんと説明しておけば良かったのだが、常連客の女性も一緒だったのと、発電器の世話が有ったりしたので忘れていた。綾姉は、武術をやっているためか、締まった体をしている。もう少し端的に言えば、小柄な体のわりにグラマーなプロポーションをしている。高校時代には、綾姉がプールに居ると校舎の男子の視線を釘付けにした伝説すらあった。そんな体型もあり、綾姉は、体の線が目立つ服を着たがらない。その事もまた彼女の外見から来る誤解を助長する結果となる。

 山間の温泉のため、大きな湯船が一つだけのひなびた温泉で、脱衣所こそ男女に分かれていたが、中は一緒で、大きな湯船のほぼ中央に一本の立て札があり、右が男、左が女と書いてあるだけである。その湯船に、何もしらず、いきなり飛び込んで来たのが、綾姉だった。当然、全男性の視線が、綾姉にそそがれたのは言うまでもない。

「ふーん、あの温泉に二人で行ける仲なんだ。」意味深な目で、綾姉が言った。

「ごめん、一寸とからかっただけだ。二人の関係は、和也から聞いているから。」

「美紀さん、和也を宜しく。」何時もの口調で保護者ぶる綾姉の発言と、外観から来る違和感に戸惑いを感じたのか、美紀はクスリと笑いながら

「此方こそ宜しくお願いします。綾佳ねえ様。」と対応した。

「それはそうと、何処か良い部屋ある。」

「幾つか、資料もって来たけど、それより、ネットで探した方が早いかも・」と言って、パソコンを取り出し検索し始めた美紀に

「できれば、和也と一緒に住みたいんだけど、多少家賃が高くても、間取りが広い所がいいかな。」と綾姉が口を挟んだ。

美紀は、一瞬怪訝そうな顔を見せたが

「確かに、女性の一人暮らしは不安も有りますね。それに同居した方が、何かと経済的かもしれないし。」とサラリとかわした。

確かにこの所、僕の方の大学院の研究と、美紀の仕事の忙しさ(薬剤士)とで、逢えない期間が長かったが、二人の関係は、単なる山仲間以上の関係に成りつつあった。都内の大学の研究施設に研究員として呼ばれた事は、色々な意味でとても嬉しかった。その一つに美紀に空間的にも近づける事も入っていた。

そんな僕の思いもサラリとかわす、美紀のさっきの言葉に、戸惑いを感じつつ

「綾姉と一緒に住むの!何だか、また周りから誤解されそうだな。」

高校時代に、僕の母が他界した時、家の片づけや、父と僕の世話のため、叔母(綾姉の母)と綾姉が、暫く家に来て暮らしていた事があった。家はそれなりに広かったから、お互いのプライバシーは、最低限守られていたが、夫に先立たれた、叔母(母の姉)と、その連れ子が押し掛けて来たと、変な噂が立った位に、叔母親子は、僕と父の日常に溶け込んでいた。 

 綾姉との同居については、それなりに抵抗してみたが、結局、経済的理由と何故か、僕の保護者としての立場を盾に、強引に決定事項にされてしまった。

 その日は、二―三の物件を見て回ったが、適当な物は無かった。

「アパート探しは取りあえず一休みして、まだこっち来るまでには時間も有るしゆっくりやりますか。お腹も空いたし、夕食にしようよ。」僕の提案で、宿泊先のホテルのレストランで、三人で夕食を取った。その時美紀から

「そう言えば、一寸先だけど、雪人(ゆきと)さんの個展が、近くであるの。」

「雪人さん?あの伝説の常連客?」

「そう、常連客と言うより、伝説のヘルパーて言うか、伝説の救済員て言うか。」

僕が、小屋でアルバイトをしていた時に、嘗ての伝説的な人達の話を時々聞かされていたが、雪人さんの話も多少記憶に残っていた。

「その救済員てなんだ?」綾姉が口を挟んだ。

「うんん、これは・・美紀説明できる?」

「私も旨く説明出来ないかもしれないけど。多少、あの小屋での先輩である立場として説明するけど・・旅に疲れた旅人の心を癒してくれる存在?ちょっと抽象的かなあ?私が高校時代に、小屋に遊びに行っていた頃に、居たヘルパーさんから一寸聞いた話だけど、昔北海道や東北を旅する仲間の仲で、語り継がれた伝説みたいなお話らしい。」と話を区切ってから

「やっぱりまだ抽象的ですね。・・・じゃあ私が知っている雪人さんの事を話した方が、具体的ですね・」そう言うと、美紀が紹介した個展の主である雪人さんの話を始めた。

「雪人さんは、美大の学生時代にアメリカ大陸を縦断したと言う旅人で、主にインカやアステカの美術工芸品を見て回ったらしく、雪人さんが話してくれるマチュピチェの高原遺跡の事は、とても面白かったわ。小屋の食事の後での、団欒時間と言うか、四方山(よもやま)話をしてる時に、ケーナやギターを演奏してくれたり、その日の天気を見て、絶好の夕焼けポイントに案内してくれたり。人の心を癒してくれる、ちょっと気配りしてくれる。たぶんほんの少しの善意がそこにあるのだと思う。救済員と言う言葉が、当てはまるか解らないけど、その後、本来の絵画から、書画を始めて、今は大阪でNPOを立ち上げて、精神に一寸障害のある子供達の面倒みているの。」

美紀の話に、僕はふとある人を思い出し、

「薫さんもそうしたら救済員?」

「ああ、あの国境の無き医師団の人?」綾姉も僕も、今年の夏に一緒になった人物であった。

「ああ、薫さんね、あの人なら世界的な意味で救済員かもしれないですね。」

一連の話の流れから僕たちは、何となく救済員の事を理解した様な気がした。特に、綾姉は、雪人さんに興味が涌いたのか、美紀からパンプレットを貰うと真面目な目で内容を見ていた。

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