第11話 提案
それではお願いします。
最後にそう言って深く頭を下げて、林は帰っていった。
応接室には空になった紅茶のカップが三つと、お菓子の箱に入った天然石のブレスレットが残されている。
「こんな感じでね。時々、お仕事が舞い込むんだ。大体は今みたいに、昔からあたしの仕事を知ってる人が紹介してくれる」
玄関まで林の見送りに立ったハリが、腰をさすりながら応接間に戻ってくる。
その後に続いた蛍は、カップを片付けている藍の傍らに立ち、テーブルの上のお菓子の箱を眺めた。
「あの、さ。今の……依頼の話って。昨日言ってた、なんとか石のやつなの?」
「
そう、それ。
蛍は頷く。
ハリはゆっくりとした動作で、ブレスレットの入ったお菓子の箱を取り上げた。
「そうだよ。林さんにはちょっとばかり気味の悪い品だったみたいだけど、このブレスレットに使われている天然石は、確かに想輝石だ」
言いながら、ハリは箱の中身を
応接間を照らす柔らかい色の明かりに、茶と金の色合いがぬらぬらと揺らめく。実際に色が揺らいでいるわけではない。それらは石の色だ。
揺らめいているのは部屋の明かりを受けるブレスレット自身と、そこに浮かび上がってきている黒ずんだもやのようなもの。
「この石にある曇りがしっかり見えているかい? ゆらゆら揺れているように見えていたら、あんたは想輝石の声を聞く才能に恵まれてるってことだ」
「才能?」
蛍は今度は明らかに眉を寄せて聞き返した。
なんだか昨日から、ハリの言葉に聞き返してばかりいる気がする。
ハリはにんまりと笑って顎を引く。
「前にあたしが
「どうやって……?」
「もちろん、石琴を使うんだよ。昨日やってみせたみたいに色々と音を聞かせて、石の中の微かな音と合わせていく。そうして音をなぞっていくと、
この汚れにも濁りにも見える黒いものは、誰かの想いそのものだ。本来なら目に見えないはずなのに、あるべき状態を保てずに
それを
「どう、蛍。あんた、一回やってみないかい?」
「は? やるって、なにを?」
「調石だよ。あたしの石琴を貸してあげるから」
「じょ……」
冗談言わないでくれ。
そう言いかけたけど、あまりにも冗談がすぎて蛍の口からうまく言葉が出てこなかった。
なのにハリには少しも冗談めかした様子がない。
「本気だよ。もちろん、お客様からの大事な預かり物だからね。失敗させるわけにはいかないし、傷をつけるわけにもいかない。この家から持ち出すことは禁止だよ。でもうちに来たときに少しずつ挑戦してみたらどうだろう。楽しいよ、調石は」
「そんな、仕事でしょ? 俺みたいなド
「あたしが見てあげるよ。あたしが手一杯のときは、藍さんに教わったらいい。藍さんもいい腕をしてるんだ。あんたほど、目は良くないけどね」
目。
ハリの指が、自分の目元をトントンと叩く。
その近くで、ティーセットをのせたトレイを抱えたままで、藍がこくこくと頷く。いい考えだと、彼女もハリに賛同のようだ。
だが蛍は、ハリが手にする小箱から一歩明確に距離を取った。
「いや……でも」
そんなことをするために、この都合のいいバイトを引き受けたわけじゃない。
もっと簡単で責任のない作業のためのはずだ。
双子の兄の遺品だなんて言われて、そこに持ち主の想いが込められているかもしれないと言われて、そこに気安く手など伸ばせない。
「……い、嫌だよ。俺そういうのあんま関わりたくない。気味悪いし。怨念のこもったブレスレットなんて」
言いながら、蛍は顔を背けた。
なんだろう。
今の自分の言い方は、不愉快だった。胸中にどよんとした暗いものが落ちる。
自分勝手に気まずい。
「おや、そうかい。残念だねぇ」
ハリはまるで不快感など抱いていない様子で、あっさりと小箱に蓋をした。
蛍はほっとする。同時に、なんだそんなもんかと棘のような不服さを感じる。
別にどうしても自分にやってほしいとか、そういう強い意思ではないのか。
当たり前のことなのに。それが当たり前であったことに、少し落胆している。
(ああ……俺って勝手だ。子供だわ。完全に)
渡して、いらないと言われればムカつくのに、
「それじゃ、気が向いたら教えておくれ」
小箱を抱えてハリが応接室を出ていく。リビングに戻るようだ。
藍も続こうとして、蛍を見る。行かないのか、と問うような目だ。
抵抗する必要もない。蛍は藍と共に応接室から出た。
背後で明かりが消える。
林と話している間に、藍が作っていたのだろう。
煮物のいい匂いがした。
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