第14話

 星宮との同棲が始まって早くも数日が経過した。

 この生活にも慣れてきた頃合いだろうか。最初は洗濯物や寝る場所について言い合うこともあったが、今は安定した一日を送れるようになっている。さすがに同じベッドで寝るのは良くないということで、オレが布団を購入することで解決した。星宮のホッとしたような残念そうな表情を今でも思い出せる。


 あのコンビニ強盗は自主したそうで、残す問題はストーカーだけとなっていた。しかしストーカーの気配を一切感じられないでいる。オレが居ることで警戒させているのだろうか。お守り程度の役には立っているかもしれない。

 そんなこんなで、割と平和な生活を送れそうな雰囲気が漂っていた。

 たった一つの違和感を除いて…………。


 ◇


「起きてー。黒峰くん、早く起きてってば」


 肩を揺すられ目を覚ますと、天井を背景に星宮の顔が見えた。ギャルモードの星宮だ。制服に着替えており化粧もバッチリ。……朝か、いまいち頭が働かない。


「ちょっと黒峰くん。早く準備しないと学校に遅れるんだけどっ」

「そっか……おやすみ」


 ねむい。目を閉じて二度寝しようとすると――「こらぁ! 起きなさい!」と再び肩を揺すられた。少しでも反撃してやろうと考えたオレは、ぼんやりした思考で対星宮の必殺の一撃を繰り出すことにした。


「……………キスしてくれたら、起きる」

「え――――き、き、キス!?」

「うん…………」


 見なくても星宮が赤面し、慌てているのが分かる。うぶなギャルの弱点を知り尽くしたオレは、このようにして星宮をからかい、楽しむ日常を送っていたりする。


「ば、バカなこと言わないで! そういうことは……正式にお付き合いしてからじゃないと――――って、寝ないで! 黒峰くん起きて!」


 …………。

 これ以上無視はできないと、気怠く体を起こす。


「ほら、顔洗っておいで」

「……ん」

「ちゃんと歯を磨くこと」

「……ん」


 ボーッとしながら洗面所に向かい、星宮に言われた通り顔を洗って歯を磨く。……これが違和感だ。歯を磨きながら洗面所の鏡に映る自分を眺め、疑問を抱く。

 星宮に起こされることに関してはいつも通りだ。いつも通りなのがおかしい。


「黒峰くーん。お弁当作ってあるからー」

「んー」

「忘れちゃだめだからねー」

「んー」


 部屋の方から聞こえてきた星宮の声に、歯を磨きながら短く返事をする。どうしよ、ビックリするくらい面倒見てもらってる。オレはストーカー対策のために来たのに……。

 改めてこの状況に戸惑いつつ部屋に戻る。


「黒峰くん朝ごはん食べちゃって」


 星宮がテーブルに朝ごはんを並べていく。白米、卵焼き、焼き魚、味噌汁……定番と言えるメニューだ。偏見かもしれないが、とてもギャルが作る朝ごはんとは思えない。家庭的すぎる、料理含め色々な意味で。

 星宮が料理上手なのは、この数日間で知ったことの一つだった。


「ちょっと黒峰くん! 寝ぐせ直してないじゃん!」

「……別にいいだろ」

「だめだってば! ほらジッとして!」

「……ん」


 櫛を手にした星宮が、オレの髪を優しくとかしていく。面倒を見てもらうというより、お世話されているような感覚だ。ひょっとしてペット扱いされてる? 日を追うごとに星宮が優しくなっているのだが、オレを人間ではなく、愛玩動物として見始めたのが原因かもしれない。


「これでよし! ほんと朝から忙しいなぁ! いただきますっ」


 俺の寝ぐせを直し終えた星宮も朝飯を食べ始める。

 こんな温かく優しい日常を送っていていいのかと思う一方で、今までに感じたことがない充実感があるのも事実だった。全てから解放されたような心地だ。


「黒峰くん! 制服に着替えないと!」

「あー、そうだな」

「って、どうしてあたしの前でパジャマを脱ぎ始めるのかなぁ!?」

「いい加減慣れただろ? 何度もオレの下着を見てるじゃないか」

「み、見てないしっ! 見る機会なかったしっ!」


 ……洗濯の際にオレの下着を触ったり見たりしているはずなんだけどな。


「狭いアパートで一緒に暮らしているんだ。お互いに色々見ちゃうのは仕方ないことだと思うぞ」

「それでもちょっとは気を遣って欲しいかなぁ。ドキッてするから……」

「いっそオレの家に来る? 部屋が空いてるから余裕をもって生活できるぞ」

「そ、それは……まだ早いと思います。あたしが男の子の家にあがるなんて……!」

「男を家に泊めるよりハードル低いだろ……」


 顔を真っ赤にさせた星宮を見て、やや呆れてしまう。

 変な価値観というか、うぶというか……。

 

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