76時限目「迫る地獄【爆破コードは憎悪】」
エズは大いに慌てた。
出せない。本来出てくるはずの武器が出てこない。
「……初歩的すぎる魔衝ね」
その理由。それは、感づかれたからだ。
モカニの片手にある大量の魔法石。それは、彼女の手の中から砂のように零れ落ちていく。
「“魔力の籠った石を別の何かに変える”。お前の魔衝はメジャー中のメジャー……つまらない」
エズの魔衝の正体。それは“変換”だった。
石を変異させ、別のモノに姿を変えさせる。即ち、永久的に武器を何処からともなく取り出しているのではなく、単なる残弾式だったのだ。
「馬鹿力だけが取り柄の普通の魔法使いね。平凡すぎて話にならないのよ」
「ぐっ……!」
エズは能力を見抜かれ、多少だが戸惑っていた。
「さぁ、どうする。得意の力自慢だけで私達二人を相手にする?」
「ざけんなよ……! これくらい、なんてことも、」
あれだけの包囲網、そしてあれだけの威力の雷。突破するのは安易ではない。だが、エズはここで引き下がろうとも思っていない。引きこもりの少女二人、それを相手に背を向けるなどプライドが許さない。
拳を鳴らし、威勢を見せる。エズは戦闘を続行した。
「……ん?」
しかし、途端。エズは姿勢を解く。
“アーズレーター”だ。エズは突然それを取り出したと思うと、通話もかかっていないのにその画面と睨めっこをする。
「……おいおい、マジかよっ!」
アーズレーターを閉じると、エズは背を向ける。
「クソッタレ!!」
そのまま全速前進。
二人に恐れをなして尻尾を巻いて逃げたわけではないようだ。何らかの緊急事態、向こう側の陣営で何か動きがあったようだ。
エズの姿はあっという間に見えなくなった。そのスピードは運動慣れしていない二人では到底追いつけるものではなかった。
「うっ、くぅっ……」
傘を手放し、崩れるようにその場に座り込む。
両手で頭を抱えるロシェロ。ウイルスとゴリアテの影響。二つの効力が相まって、体力の限界が近づいてきたようだ。
「大丈夫? ロシェロ?」
彼女の視線に合わせ、モカニは姿勢を低くする。
「……私だった」
ロシェロの体は疲労以外の原因でも震えていた。
「大馬鹿は……私だった……!!」
真実を知ったロシェロが思い浮かべるモノはすぐにでも分かる。
「あの老人達の手の上で転がされていただけじゃない……友を傷つけ、街を苦しめ……私は、私は……!!」
罪悪感、だった。
ゴリアテの研究に全てを捧げていた。全ては評議会を見返すため。己の能力を証明するために、己の信じた素晴らしいビジョンの為に、彼女は一心不乱に研究を続けていた。
だが……それは仲間の為にも。街の為にも。未来の為にも。
ましてや、自分の為にも何にもならなかった……ただの“悪魔の研究”だった。
罪悪感を抱く深い理由の一つ。
それは……“心の何処かで、その可能性を微かに感じ取っていたからだ”。
そうではないはず。
そうであってほしくない。
そうであってはならない。
その全ての一心が彼女を追い詰めた。
「すまないモカニ……ッ! ずっと私を助けてくれていたのに……ずっと、声をかけてくれていたのに……なのに、私はッ……!」
「もういい」
モカニは、そっとロシェロの肩に手を乗せる。
「気づいてくれたのならそれでいい……全く、アンタは昔っから話を聞かないんだから」
「気づくのがもっと早ければ、こんなことにはならなかったのかもしれない」
「私だって知らない事も沢山あった。無知だったのは……ロシェロだけじゃない」
ロシェロは大きな罪を抱いた。しかし、それは彼女だけじゃない。
「呆れるよ。学園きっての天才と呼ばれた私もこんなに無様晒してさ……謝らないといけないのは私も一緒でしょ、ロシェロ?」
「モカニ……」
抉れた絆。深く開いた穴。
今、この一瞬……二人はかつてのように、心を通わせていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アーク船内。役員専用通路。
「……はぁ、はぁ」
カルーアは息を切らしながらも、立ち上がっている。
「さすがに現役のエージェントに正面からは勝てません、か」
最後のボディガード。キングはその場で倒れていた。
満身創痍。正面から勝負を挑み、そして敗北した。
「まぁ、いいでしょう。目的は、果たせました」
だが、元よりこのキングという男は、この勝負に“勝とう”とは思っていない。
少しでも手の立つ魔法使いの足止めをする。あわよくば倒せてしまえるのならと考えていた程度だ。結果、そのあわよくばの願いは届くことなく、こうして敗れたわけである。
モールジョーカー・ファミリー。知る人ぞ知る暗殺集団。その情報は評議会の権力によって、その大半が揉み消されている。
その正体は……エージェントにも満たない実力。
モカニが口にしていた通りの存在。ただ、隅っこで、陰で敵をひっそりと仕留めるだけの臆病者。卑怯者の集団である、と。
このキングという男はファミリーの中でもまだ腕は立つようだが……王都に認められた専属のエージェント相手に、歯が立つはずもなかった。
「なんで、そうまでして、あんな奴らに加担する……お前くらい、話の出来る人間がいたのなら、まだ」
「タイミング。会った人間の順番が悪かっただけ、ですよ」
キングは倒れた姿勢のまま、カルーアに告げる。
「処遇こそ君と大して変わらなかった。邂逅、人に恵まれなかっただけ……結果、引き下がれないところまで来てしまった。家族を守るには。己の身を守るには、ね」
モールジョーカー・ファミリー。四人の人生は謎に包まれている。何があったのか、過去にどのような目にあったのか。それを知る人間などいない。
「はっはっは……、」
キングは気を失う前、カルーアと同じような人生を歩んだと口にしていた。そのままの意味であるならば……この男も又、犠牲者だったのだろうか。
何も分からぬまま、キングは気を失った。
仕事を全うした。依頼人の願いを、そして、彼なりに“家族を救うため”の方法を、成し遂げた。
「……間に合うか!?」
カルーアは走り出す。彼の宣言通り、かなりの時間を消耗した。
間に合っているのかどうか。クロードの援軍へ、まだ残っている体力を持てあますことなく、走り出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ぐっ……!?」
艦首。操舵にセットされた術式へと向かおうとするドリア。しかし、その寸前でクロードに捕まり、殴り飛ばされる。
「このっ……野郎ッ……!」
しかし、何度も立ち上がり、操舵へ近寄ろうとする。触れるだけ、その術式に触れるだけで、証拠となる人間の揃った街は一瞬で火の海となる。
「させるかッ!!」
しかし、クロードもそれを許すはずがない。何度もドリアを取り押さえ、カルーア達エージェントがやってくるその瞬間まで時間を稼ぐ。
「ぐぐぐっ……!」
また殴り飛ばされる。ドリアは口から溢れる血を拭いながらも、再度立ち上がる。
「……なんで、“魔法を撃たないんだい”?」
ドリアはふと、感じたことを口にする。
「なんの心変わりなんだか……君なら、何の躊躇いもなく相手を吹っ飛ばす癖に」
いつもなら怒りのままに魔法を放ち、相手を黙らせる。言いたいことを言う前に手が動く。そんなタイプの人間であったはずだ、クロードは。
しかし、彼はそれをしない。安易に魔法を放とうとしない。
向こうがそれをしないのなら助かる事ではある。だが、ドリアはその妙な違和感の疑問を口にせずにはいられなかった。
「お前っ……ここで街を爆破してみろ。お前も、お前の仲間も諸共ぶっ飛ぶぞ……トチ狂って、死なば諸共ってか」
ヤケになり自爆を選択したというのか。身勝手な選択を前に、ドリアの質問など耳もくれずにクロードは睨みつける。
「……この船の硬度は相当なものだ。街に仕掛けた爆破術式程度では吹っ飛ばない。人の命を守る箱舟だぞ?」
ドリアが言うに、船の中にいる人間は安全であると告げる。特に、この艦首。
相当な威力の魔法にすらも耐えてしまうという硬度。ドリアは身の安全を確保しているからこそ、そのような強行にも出られると告げる。
「アンタのボディガードはどうなる」
「……知らないよ。どうでもいいし」
今まで、その身を護ってきてくれたはずのボディガードを見捨てる。ドリアはそれに対して何の罪悪感も浮かべていない。
つくづく身勝手な選択ばかりを繰り返す。クロードの怒りは限界にまで達していた。
「絶対に……止める!」
クロードは再度飛び掛かる。
気を失うまで殴り続ける。もう、クロードは自我で己を静止することは出来なかった。
「させないよ」
しかし、拳は届かない。
「大人しくしようね、クソガキ……!」
やってきたのは“エズ・モールジョーカー”。
アーズレーターからの緊急通知に反応し、ドリアを守るため急行してきたのだ。
足止め。最後の最後の壁が、クロードの前に立ちはだかる。
「さぁ今です!」
「……いいぞ。そのまま押さえてろ!」
ドリアは立ち上がり、舵へと向かっていく。
「そいつ“だけ”が無傷で生き残っていた方が……あとで色々と理由をつけやすいからな!!」
また、良からぬことを考え付いたのか下衆な笑みを浮かべる。勝利を確信したように、一歩ずつ舵へと向かっていく。
「やめろッ! お前ッ……自分が何をしているのか……仲間がどうなるか分かってるのか!?」
エズに静止を呼びかけるクロード。しかし、彼はそんな要望に受け答えはしない。
「……よく見てろ。お前が、お前の存在が、この街を滅ぼすんだ」
ドリアの指が、伸ばされる。
「やめろォオオオオオーーーッ!!」
腕を伸ばすも、それは届くはずがない。
クロードの声は虚しく響くだけ。
ドリアの腕は……何の躊躇いもなく、術式発動の舵へと、触れられた。
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