19時限目「天才【ロシェロ・ホワイツビリー】(後編)」


 路地裏に逃げ込んだロシェロ。


 奪われたストール。

 それを取り返すために、クロードは魔導書に手を添えて全速力で追いかける。



「……ふむ。このあたりで、いいな」


 長い闇を越えた先で、ロシェロは下水道の川へと到着する。普段から人がやってこない場所だ。微かに流れる水は茶色に汚れ切っている。


 路地裏から飛び出すと、ロシェロは川を囲う鉄柵を飛び越える。持っていた傘を棒高飛びの棒代わりに使い。

 クロードも前方を確認すると、鉄柵をジャンプで飛び越える。元より華奢で体も軽い彼だ。これくらいのジャンプは容易い。


 下水道は、踵が浸かる程度にしか水が溜まっていない。


 上手く着地した二人は小休憩を挟む。

 整備のされていないコンクリートの造りの下水道はあまりにも踏み場が悪い。一面の茶色の水も相まって、居心地は最悪だ。


「ここならば……“実験”が出来る」


 傘を片手にロシェロは追いかけてきたクロードの方を向く。


「返せ……!」

 クロードはこの上ない敵意を見せていた。

 恨んでいると思われる貴族。あの日、そのうちの一人であるジーン・ロックウォーカーへと向けた顔と全く同じだ。礼儀も敬いも全くない、反抗期の顔だ。


「ふむ、予想通りだ」

 ロシェロは奪い取ったストールを手に、怯えもしない。

「やはりコレは、君にとって“なくてはならない宝物”のようだな」

 ロシェロはたった数日だが、このクロードいう男子生徒を見てきた。


 もうすぐ夏であろうと、大切そうに体に巻いているストール。女性用であろうとも、彼は室内でも何処ででも、それを身に着けていた。


 そして、ジーン・ロックウォーカーとの戦いの決着の後も。

 彼が能力をフルに発揮してまで守っていたのは……自身の身体よりも、魔導書とそのストールだったのだ。


「返してほしいかい?」

「当たり前に決まってるだろ!!」


 片手を突き出し、返せと訴えるクロード。


「……ならば、力ずくで取り返してみせるのだ」

 ロシェロはストールを手放す真似はしない。それを見せびらかしながら、楽しそうに微笑みかけるだけだ。

「君の能力をフルに発揮、全身全霊で私にぶつけろ。私を沈黙させることが出来たのであれば、返却しよう」

 風の魔導書。その力を見せてほしい。そして、ぶつけてほしい。


 そんな口約束をロシェロは提案する。


「ただし、満足のいく結果を見せなかった場合は……」

「場合は?」


 クロードは首をかしげながら、続きを耳にする。


「私の家にもう一度、遊びに来てもらいたいのさ」


 用事。それは想像通りの展開だった。

 “勧誘”だ。ロシェロ・ホワイツビリーはクロードをチームに入れることを諦めていない。大切なものを奪ってでも、彼を引き寄せようとしているのだ。


「……アンタを倒せばいいんだな」

「コラコラ。アンタとは失礼じゃないか、君は」


 彼の対応に少し苛立ったのか、ウサギのように軽く跳ねながら、彼女は名乗る。


「私はロシェロ・ホワイツビリー。来月には17歳。君の先輩だとも。敬意を払いたまえよ」


「……どうして、そんなに僕にこだわるんだ」


 敬意、なんてものは存在しない。

 ただ敵意を現すのみで、ロシェロからの懇願を完全に無視し、一方的な質問だけをクロードは続けている。



「理由は単純だ。私は二つの意味で君に興味があるのだよ」

 傘を持った手。その人差し指と中指の二つを立てる。


「まず一つ。君は“ジーン・ロックウォーカーの攻撃を耐えきった初めての男”だ。今までに前例がない結果を私に見せてくれた。想定外の経験をさせてくれた君の事を思い出すたびに、私は興奮を覚え、ゾクゾクしているのだよ」


 中指を折りたたみ、一つ目の理由を告げる。


 ジーン・ロックウォーカーの攻撃に耐えきった男。

 結果としては力尽きてしまったが、あの攻撃を受けて立っていた。


 これは今までに“前例”がなかったというのだ。

 

 彼の対戦相手は今までに生徒以外では、教員や現役の騎士団なども含まれていた。


 ……ジーンは全霊を持って、その敵たちを全て粉砕してきた。

 “あの光”に身を包まれて立っていた者はいなかった。現役のプロであっても、その光を前に沈んでしまったのだ。



 しかし、クロードは耐えた。

 ラグナール学園に衝撃のビッグニュースを残してしまったのだ。


「……そして、もう一つ」

 残っていた人差し指を折りたたむ。

「私と君は気が合いそうだと思った。感情的揺さぶりを君から感じたのだよ。仲良くなれるかもしれない……うら若き乙女の純情だと示唆しておこう」

 仲良くなってみたい。

 強引な手段で、ロシェロは友情を語り始めたのである。


「そうか。でも、悪いけど、」

 クロードは両手を突き出し告げる。

「アンタみたいな意味不明の奴となんか、友達に慣れっこない……ッ!!」

 腕を構えたその瞬間。大半の相手は吹っ飛んでいる。


 初見では絶対に見破れるはずもない“超高速超威力の竜巻”。ドリルのようにねじ曲がった形の竜巻は、標的の腹部目掛けて穿つように放たれる。


 足元の茶色い水もまきこみ、目に見えない攻撃は視認できるようになる。

 茶色い濁流の竜巻が完成する。瞬時の割風砲が、傘とストールで両手の塞がっているロシェロ目掛けて飛んで行った。


「消えろ……!」


 ___そして、瞬く間に飲み込んだ。

 その間僅か2秒近く。視認は出来ても、反射神経が鋭くなければ回避なんて間に合うはずもない。


「よし、これで、」

「高速発動。そしてこのパワー。なるほど、これが世界最強の風の魔導書【シカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴ】に刻まれし力か」


 声が聞こえる。


「それを三割程度とはいえ扱えるとは……相当な努力をしたか、或いは才能か。私は学生で君とは年も近い。だが、無礼を承知で言わせてもらおう……若くしてその実力、大喝采の賞賛を与えよう」


 両手を弾く音。拍手も聞こえる。


「……?」


 茶色い水の竜巻の中。

 その中から、あっという間に飲み込まれたはずの“ロシェロ”の声が聞こえてくる。


「どっこいしょ、っと」


 瞬間。

 クロードの放った風……割風砲は消滅した。


「しかし、練度が足りていない。世界最強の魔導書が“この程度の結界”に敗れるものか」


 消滅した茶色い濁流の中。そこから現れたのは“傘をさして盾代わり”に見立て、竜巻を防御していたロシェロが姿を現した。


「君の放つ竜巻。あれほどの高速発動で形に出来るのは大したものだ。だが、組織構成や形状持続がまるでなっていない。皺くちゃに丸めた新聞紙のように、魔力を乱暴に押し込んで放っているだけ」


 傘を閉じると、ストールを手に取ったままのロシェロが姿を現す。

 無傷だ。涼しい顔を浮かべ、汚水に塗れることもなくクロードを見つめている。


「だから、こんな“出力五割程度”の結界で砕けてしまうのだよ」


 結界、だと彼女は言った。

 あんな貧弱そうな日傘に何かが纏われていたのか。不思議そうにクロードは唖然とする。


「……あれ、は、まさか、」

 目を凝らし、そして彼は気づく。


「ああ、そうだ。君の真似事だ。いつも実践している君ならば、気づいてくれると思ったよ」

 ロシェロもクロードのリアクションを前に軽く喜んでいる。


 少女の身体、そして日傘。

 肉眼でも確認できる“白いイナズマ”が何度も視界に入る。ロシェロの肉体周辺に、何かしらの“シールド”が形成されていることにクロードは気づいたのだ。


「私の“電力”には魔力を分解する効力がある。その力を密集させた電磁パルサーの結界盾だ。君の魔法は、何度放ってもコイツで分解出来るぞ」


 体全体と傘に“電磁バリア”を張る。


「嘘だと思うなら、幾度も試すといい」


 クロードが行っていた“風を体に纏う”と似た性質だという。魔力を分解し無効化する電流の籠ったバリア、その完成度の高い盾は、クロードのあらゆる攻撃を破壊する。


「私の“魔衝”はイナズマの自在操作だよ。そして、ここは少しであれ“汚水の残った下水道”……この意味が分かるかね?」


「!!!」


 クロードの顔が青くなる。

 水、電気。その不安要素が二つもそろってしまっているフィールドに、彼は堂々と足を踏み入れてしまっている。


 電撃の自在操作。もし、ロシェロが今、その能力を発動したとなれば……

 “汚水全体に電撃が迸り、足を着けているクロードは感電する”。


「くっ!!」


 クロードは慌ててその場からジャンプする。

 たった一瞬、水から離れたとしても意味がない。急いで下水道から離れなければならない。だが、安全地帯に行くには……手のつかみどころもない真っ平な壁を上り、その真上にある鉄柵を飛び越えなくてはならない。


 更に、壁までには八歩以上の距離がある。軽いジャンプ程度では届かない。


「……“飛べ”っ!」


 だが、クロードは跳ねた。

 “そして、飛んだ”。


 常人ではあり得ないレベルの跳躍力。フワリと浮き上がった彼の体は、コンクリートの壁の先にある鉄柵へと突っ込み、それを力強く握る。


「……風を自在に操る器用さ。君自身の体を吹っ飛ばし、私のテリトリーから脱出してみせる。機転の良さもピカイチじゃないか」


 上手く逃げられたクロードを前に、ロシェロはやはり、子供の様に喜ぶだけだ。



「だが、一歩注意が足りていない」

 飛び跳ねたクロードに向けられる。

「“私はその柵にも一度触れているのだよ”」

 残酷な真実。敗北宣告が。



「______ァアアッ!?」


 鉄柵に触れたクロードは瞬く間に“感電”した。

 一瞬にして意識を刈り取る電気ショック。クロードは鉄柵から手を離し、汚水の待つ下水道へと落ちていく。


(ウソ、だろっ……)


 クロードは体が汚水に浸るよりも先に……意識を失った。

 

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