18時限目「弾丸の記憶【三日目の夜】」
夕刻。狼退治完了。
「いやぁ~! 私もたった一日でブルジョワぁ~!!」
報酬としてお小遣いを貰い、四人は帰路の街中を歩いていた。
仕事を受ける前と終えた後でおじさんが態度を変えた姿は見ていて面白かったのだという。アカサは満足げな表情で、硬貨の入った袋に頬ずりをしていた。
「……うん。これくらいあれば、一週間は」
袋の中の硬貨を数え、クロードも満足そうな表情を浮かべている。
こっちに来てからの一つの問題が解決したようだ。歓喜というよりは、安堵と言えるような表情で頬を緩めていた。
「んで、結局お前は小遣い稼ぎにバイトしてたのか?」
「……どうでもいいじゃないですか。僕の事は」
仕送りを貰っているのかどうかも曖昧だったし、学費などの支払いに困ってるなどの言葉も何処か有耶無耶にしていた。
ソルダは確認しようとしたが、やはり誤魔化されてしまった。硬貨の入った袋を手荷物のポーチの中にしまうと、早足で歩き始める。
「んっ、」
三人をまこうと早走りにはなっていた。だが、クロードは足を止める。
___歌が、あちこちで聞こえる。
ディージー・タウン。田舎街の中では“古代文明及び魔法学の研究”に前進的。それであると同時に、世界的にも有名的な文化が一つだけある。
それは“歌”だ。
歌詞のないメロディのみの演奏と、詩を乗せた魂の一曲。
何処を見渡しても、多種の演奏家が集っている。夕刻のこの時間を始まりに。
「……」
何処から、何処かしこからも聞こえてくる。
耳の休み様がない。こうしたストリートの演奏家は都会の方でも見てきたが、ここまでの数が街中で屯っているのは衝撃的に思えた。
「耳が、追い付かない」
「だろうな」
足を止めたクロードの横に、ブルーナが並ぶ。
「余所者からすれば、この光景はさぞかし混沌だと思う」
耳が追い付かない。その通りだ。
アチコチから音という音が流れ込んでくる。下手をすれば、合計で10曲以上は聞こえている。
これでは、何を楽しめばいいか分からない。
「この間、チャイムは応援歌として使われていたモノと言ったのは覚えているか?」
「え、ええ……」
戸惑いながらクロードが首をかしげる。
「昔から、この街は“歌”が戦士と住民達のエネルギーだったとされている。歌にはエネルギーが込められていると。実際、当時の戦士は歌を聞くたびに奮えた、とな」
歌、という文化に歴史がある街だとは聞いていた。
「歌は作りだした人間の魂が込められている。想いが込められている……『歌は、魔力を必要としない、唯一無二の魔法だ』という言葉までもが残された。この街にとって、歌を奏でるのは、食事と同じくらい日常的なことだ」
食事、と同じくらい。
歌も魔法。そんな言葉が残されるくらい。
「……まぁ、こんなに一斉に奏でられると、誰が何を伝えているかも分からなくなるがな」
クロードと同様、ブルーナもこの光景には“慣れない”ような言い方だった。
アチコチから乱暴に響きが耳に入ってくる。折角の歌も、これだけゴチャゴチャになれば、残念な不協和音になってしまうというのが正直な感想だ。
「伝えたい。聞いてほしい。その願いは、同意出来なくはない、がな」
三人を置いて、報酬金片手にブルーナは女子寮へと戻っていく。
この風景を不愉快には思っていないようには見える。だが、変に酔いも引き寄せてしまいそうで長居はしたくないという気持ちも、早歩きの背中から伝わってくるようだった。
「……僕と同じで、慣れてないような言い方だったなぁ」
「ブルーナ先輩も、都会からコッチにきた身らしくてさ。育ちはコッチじゃないらしいんだよね」
クロードが悟った通りだった。
彼女から感じた“どこか似ている感じ”は気のせいではない。真横から無理やり並んできたアカサが聞いてもいないのに告げてくる。
「銃、珍しいって言ったじゃん?」
今となっては、銃文化は“人殺しの道具”以外には使われないと言われるほどに廃れてしまっている。
ハッキリいって、銃は最早、骨董品ともいわれる代物だ。
それを使って猟を行っている人間を見ると、時代遅れと馬鹿にされる世代である。
「アイオナス家は銃を使って戦い続けた一族とも言ったじゃん?」
ブルーナ・アイオナス。
魔物退治のスペシャリスト、アイオナス家の娘であるとアカサから彼は聞いた。
「時代が進んで、魔法もより先進的になって……アイオナス家は廃れる一方だった。次第に貴族間でのいざこざで片隅に追いやられるようになって、気が付いたら『時代遅れの狩人』だなんて烙印を押され……こうして、田舎町の方に流されてきたって、先輩言ってた」
時代が進み、出世競争や一族の後続などドロドロとした人間関係が縺れるようになったという。
アイオナス家はその礎として追い込まれてしまった。ブルーナはディージー・タウンから都会へ、都会からディージー・タウンと行き来していたようだ。
「色々あったらしいんだ。一族がどうとか、ドロドロしたものがさ」
(貴族、いざこざ……)
クロードは、ふと思い出す。
一つだけ質問をされたことを。
___君は、貴族は嫌いかい?
(あれ、もしかして)
最初こそ、その質問の意味が分からなかった。
ただの都合の良い話題合わせではないかと思っていた。
(意味のない質問、じゃない……?)
だが、ブルーナ・アイオナスという少女の事情が___。
微かに……歯車をかみ合わせた。
「いや、まさかね」
去っていくブルーナの背中を眺めながら、クロードは気を取っ払った。
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