閑話・とある政宗真一郎のひとりごと

八月二日、午前十時


 政宗真一郎には二十年来の悪友がいた。


 中学時代、父親との折り合いが悪く中途半端にぐれた幼なじみである。

 幸か不幸か家が近所で、登下校のルートや時間帯が一緒だったせいもあって、政宗も自然と巻き込まれていった。


 ぐれたとはいっても定期テストでは毎回学年一位というインテリヤンキー。カツアゲやイジメをするでもなく、むしろそういう俗悪を徹底的に嫌った悪友は、いつの間にか『番長』なんて時代錯誤なあだ名で呼ばれはじめた。


『番長』はさすがにやめてくれと拝み倒され仕方なく『総長』となった。

『総長』も当時では時代遅れ甚だしいことこの上なかったのだが、幼なじみは渋々折れ、中学時代そう呼ばれて過ごした。


 高校時代に入ってからはなぜか『総ちゃん』になった。ちなみに本名には掠りもしていない。政宗自身は『総長』と呼ぶと嫌そうな顔をするのが面白いのでそう呼ぶことが多かった。愛ある嫌がらせである。


 豪快で面倒見がよかった性格のせいで、色んなところで迷える子犬を拾っちゃあ舎弟にしてくる始末。

 愚直な正義感が災いして、年上の不良グループにケンカを吹っ掛けたこともある(骨折して入院して緊急手術になり、なぜかやつはそこで初恋に落ちた)。


 勉強が嫌いで毎度下から数えたほうが早い成績だった政宗が、大学に合格できたのもあいつのおかげだ。






 そんな悪友がバイク事故で呆気なく逝ってから、もう十六年が経つ。






「お。マサムネ一年ぶり」

「おう」


 明確に示し合わせたわけでもないが、毎年八月二日の午前十時、かつてのやんちゃ坊主たちは一堂に会する。

 相変わらず趣味でバイクを乗り回しているやつもいるし(道交法は遵守している)、家族用のワゴンに乗り換えたやつもいる。かくいう政宗は昔からバイクに乗らなかったので、ふつうに普通車だ。このあいだ重い腰を上げてEV車に買い替えたところ。


 まだ少し早い時間帯だからか、政宗を入れても四人しか集まっていなかった。

 もうしばらくすれば続々とやってくるだろう。


 蝉の鳴き声が幾重にも響く霊園の隅っこ。

 両親よりも早く祖父母と骨壺を並べる、悪友の眠る先祖墓。


 すでに集まっていた面子が供えた線香の煙が、ゆるやかに夏空へと消えていく。



「オレこないだ総ちゃんの夢見たわぁ。卒業旅行でヨーロッパ行ったろ? あのノートルダム大聖堂のときの夢」

「なっつい夢見てんな。アイツが天井見上げすぎて首痛めたときのやつか」

「それそれ」


「あ、でもオレも高知旅行の夢見た。総ちゃんが『おまえいつになったらホエールウォッチング行くんだよ!』『行く行く言って全然行ってねぇじゃねーか!』って、強引に予定立ててくれたときの」

「あー、真夜中に明石海峡大橋走ったアレな」

「そうそう。後ろに政宗乗っけてさー」


「オレ、あれだ、高校ンときにみんなで海水浴行ったときの夢見たぞ。浮き輪引っくり返してバチクソキレられた回」

「ああ、総ちゃんがくらげになりたいとか言ってたときな。……なーんか、たまにフッと夢に出てくるんだよなぁ」

「死んだくせに存在感やばいよな」



 わいわいと盛り上がる友人たちの声を聞き流しながら、墓石表面の柄や傷をひとつずつ数えるように、政宗はじっと墓を見つめていた。

 いい加減みんないい歳だが、こうして集まると学生時代に戻ったみたいになる。


「政宗は見ねーの、アイツの夢」

「見る。金髪碧眼の超美少年に生まれ変わった総ちゃんが、おれに助言を求めてくる夢」

「「「なんだそりゃ」」」


 政宗が薄く微笑むと、冗談だと思ったのか、みんなは笑いながら空を見上げた。



 人間、死んだ相手を想うとき、自然と空を仰ぐ習性があると思う。



 空の上に天国があるというイメージだからか、それとも遠いどこかの国で生まれ変わっていることを願っているからか。


 けれどあいつがいるのは、違う世界の、違う天海そらの下。


「生まれ変わっても元気でやってんのかねー」

「相変わらず舎弟増やして正義の不良やってるだろうなぁ」

「え、まだ不良やってんの? さすがに時代遅れじゃね?」


 ……いやぁ、なかなかお坊ちゃまが板についていて、アレもけっこう面白いけど。


 夢のなかの政宗は二十七歳当時の姿だが、あいつは一年ごとにしっかり成長してきている。お悩み相談の中身までは詳しく憶えていないことが多い。ただまあ、昔と変わらずギャーギャー騒ぎながら、楽しい毎日を過ごしているみたいだ。


 いくら空を見上げたってあいつはどこにもいない。多分、世界と世界が近づいている間、政宗たちとあいつの追憶が僅かに重なるのだ。あいつの世界の言葉でいうと、世界の〈穴〉ということになるのだと思う。



 そこまで考えた政宗は苦笑した。

 いい歳したおっさんの思考じゃあ、ないよな。




 ただの夢だ。

 相方を亡くしたあの夏から時間が止まってしまった、政宗の未練が見せる、ただの夢。



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