第12話 親父殿ばんざい!


 アキ先生から借りた本を読み進めても、得られたのはやはり一般的な魔王に関する知識ばかりだった。

 優秀な魔法使いだった。三原則を犯して冥界に追われた。そこで少数の手勢とともに魔王軍を名乗り、以降たびたび地上に現れては魔力の弱い市民や只人を殺して回る。魔法教会と対立し、有能な魔法使いも殺された。


 地獄のような八百年間。犠牲者の総数は計上しきれない。

 百年前、黒き魔法使いの反逆。怒って追放。

 そして二十年前、英雄一行による決戦。


 暁降ちの丘で行われた魔王の封印に際して、魔王の体は朽ち、魂だけが小さな依り代の中に封印された。

 この依り代には諸説あり、石、人形、猫、匣、剣、棺、と地域によって様々な言い伝えがある。決戦の地を領地に持つオーレリー地方では専ら石に封印されたという結末だが、エウの住む王都では人形となっているそうだ。

 魔王封印の詳細を暈かすため、意図的にいくつもの説を流布しているのだ。


 魔王に関する情報を求めていることをトラクに隠す必要ももうないので、俺は就寝前のベッドでその本を読んでいた。


「……匣説もあるのか。まあこれも『ハコ』だな……」


 まあ、ルフは石説の地だし、魔王の封印された匣の在処を俺に訊いてもどうしようもねえし、これは関係ないよな。



 ……ない、よな?



「箱がどうしたの」

「トラクの住んでた場所じゃあ、魔王は何に封印されたってことになってんだ?」


 トラクはしばし考えたのち「ノーコメント」と肩を竦めた。


「出身地がばれちゃうだろ。……個人的には匣が一番有り得ると思っているけれど」

「匣か。どうして?」

「英雄一行が決戦に赴いた際の装備だとか、現実的に持ち運びしやすい依り代は何かと考えると、最も有力なのは石か匣だろう。この二択でいくと、扉のある匣のほうが『閉じ込める』意味合いが強い。石はどちらかというと不動の道標という役割が多いからね」


 封印の依り代としてわざわざ長旅に人形や棺は持っていけない。猫じゃ動くし寿命もある。英雄一行のなかで帯剣していたのは剣聖ザイロジウスだが、彼の剣は旅の終わりとともに折れたと記録が残っている──


 わりと説得力のある推測をつらつら述べるトラクの横顔を見るに、こいつのなかじゃとっくの昔に依り代は匣という結論が出ていたのだろう。

 俺なんかよりもずっと前から、もっと真剣に、トラクは魔王が復活する日を憂えてきたのだ。


「……未来視の魔法使いってどのくらいいるんだろうな?」


 なんだか急に、今まで駄々を捏ねながらのんべんだらりと流されてきた自分が恥ずかしくなってきた。

 俺には真剣みが全然足りない。

 こっそり話を逸らしたところ、トラクは気づいた様子もなく首を傾げる。


「きみのお母上がとても優秀な未来視だったと聞いたことがあるよ」


 俺は目を剥いて跳び上がった。


「はあっ? 金髪美女が!?」

「自分の母君をなんて呼び方してるんだい。……知らないの? 俺が初めて未来視をしたとき、うちの父親はきみのお母上に助言を求めたらしいけど」

「いや、全然知らねぇけど……。てかおまえ、ちゃんと親父いんのな」

「いるねぇ。変な人だよ」


 あの金髪美女が未来視の魔法使い。

 わなわな震える俺を見たトラクは眉を顰める。


「……内通者は俺!?」

「なにを突拍子もないことを……。そうなるのを防ごうとしているんじゃないか。ぼくにも解るように説明して」


 トラクの顔の前に掌を差し出す。ちょっと待って。俺も整理してるとこだから。


 金髪美女な母上が未来視の魔法使いで、親父どのは俺に『ハコ』の在処を訊ねていて、つまり俺が『ハコ』の在処を知っているかもしれないと思っている。

 魔王の魂は匣に封印された説があり、依り代は暁降ちの丘に管理されているはずである。

 が、丘は先日、サー・バティストによる襲撃を受けた。



 たとえば母上が、俺の未来を視たことがあったとしたら。

 そして親父どのはその未来視をもとに、俺がいつか魔王軍に従軍する(予定は未定だが)ことを知っているのだとしたら。



 ──親父どのは、俺こそがサー・バティストを招き入れた内通者であると疑って、いる?

 だが確信がないから、強引にシリウスをこっちに寄越して、反応を確かめるようなことを。



「……卿がそんなことを?」

「推測でしかないが……。それなら色々と合点がいく。俺に対しての態度は昔からあからさまなほど悪かったんだ。いつか自分で俺を殺す、くらいのつもりでいるかもしれないな」


 ……疑心暗鬼になりそうだ。

 親父どのに関するこの仮説が正しかったとすれば、兄上は何をどこまで知っているのか。エウフェーミアは、シリウスは──



「シリウスは……知ってたんだ」



 だから、あんなこと。

 悪巧みするならオレも混ぜろとか、どっか行くならオレもつれてけとか──。ああ、ちくしょう。


「ニコラ──」

「いいじゃん」


 うつむく俺の肩を抱こうとしたトラクがぱちりと瞬く。


「ああ、最高……匣だ、匣だよ! 魔王の魂が封印された匣が、先日の襲撃で暁降ちの丘から持ち出されたんだ。恐らく魔王復活の儀式の日までバルバディア内にいるはずの内通者が持っている。今のうちにリディアの指輪の炎で焼いてしまえば、魔王は二度と復活できない!」


 物語通りの展開を辿った孤独なニコラなら、親父どのに疑われていたことを裏切りだと感じたかもしれない。

 だが幸いなことに俺は俺なので、そんなもん知ったこっちゃねえ。薄々察しつつ俺についてくるって決めてる俺の従者マジいいやつ! で済む話だ。


 シリウスー!

 俺はいま猛烈におまえを抱きしめたいぞ!


 トラクはそんな俺の態度に、力の抜けたような笑みを浮かべた。


「うまくいけば確かに最高だ。……大きな問題が二つあるけどね」

「手分けしよう。トラクは内通者及び匣の在処の炙り出し。俺はリディアをどうにかしてみせる……!」



 親父どのありがとう。おかげでやることが絞れたぜ、万歳!



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