主観的には普通な少女の、彼女にとっては日常的な日々の話

めぐるわ

1-1 朝の始まり





「ん……」


 ガラス窓から入ってくる朝の光が、ベッドに寝ている私の顔にかかり、目が覚める。


 今日もどうやら、いい天気のようだ。



「……、ん~~!」


 起き上がり、大きく伸びをして、ちょっと声を上げる。すこしだけ、だらしなかったかな?


 でも、これがなかなか気持ちいい。


 眉の上で切りそろえた前髪が、額を撫でて少しくすぐったい。これもそろそろ切ったほうが良いかも。



 そんな事を考えながらベッドから降りて、寝押ししておいた茶色いワンピースを取り出す。私の通う『学院』で指定の制服だ。よし、白い襟も綺麗になってるし、スカートの皺もちゃんと取れている!


 水差しの魔石に手をかざして水を汲み、コップに1杯うつしてフルーツをひと絞り。ゴクリと飲むと、酸味で頭がシャキッとする。


 1階に降りて、ざっと髪を整え後ろで2つシニヨンを作ると、持ち慣れた荷物を手にとって、朝食のために用意しておいたパンを口に入れる。



 ああ、おいしい!



 そういえば、こんな朝ごはんを食べるようになって、もうどのくらい経つでしょう?


 おもえば、あのときの出会いが私を大きく変えてくれたんだな、なんてちょっと思い出してしまいます。


 ふふ、色々ありましたけれど、私はいま幸せですよ!


 でも、いけない! あんまりのんびりしてちゃ、遅刻しちゃう。


「いってきます!」


 他に誰もいない家でも、挨拶はきちんと。


 扉を閉めて、家を出る。



 もう少し早く起きたほうがいいのだろうけど、これでも私は、なかなか忙しいのだ。


 少し夜ふかし気味なので、朝の段取りを短縮するのは許してもらいたい。


 早朝の町は、まだ人通りも少ない。


 朝日を浴びる石造りの町並みの間、石畳の道の上を流れる爽やかな風を吸い込みながら、私は歩く。


 ほとんどすれ違う人もないまま、私は働いている店の前にきた。


 あたり一面に、焼きたてのパンの香りが漂う。


 思わず深呼吸。


 ああ、私は、この匂いが大好きだ。



「おはようございます!」


 元気に挨拶する。うん、挨拶は、大事。一日が気持ちよくなるから。


「おう、レンガちゃん、おはようさん。今朝もよろしく!」


 店主にして私の雇い主であるマリオおじさんが、丸っこい顔に笑みを浮かべて、こたえてくれる。


 おじさんの顔、いつ見ても、この店の名物パンに似てるなぁ。


 なんて失礼なことだけど、いつも頭に浮かんでしまう。


(でも、どちらも好きだから、いいよね?)



 そして、これが今朝のお届け物か。


 私の担当の棚に、すでに焼き上がったパンがバスケットに入って、1,2,3,……7。



 私の働く『猫のパン』は、名前の通り猫の看板がトレードマークで、ただいま町で流行りのお店。


 猫の描かれた猫車にバスケットを載せて、焼きたてのパンなどを朝食前にご家庭に届ける。


 そんなお届けサービスをこの町で最初にやりだして、いま人気急上昇中だ。



 もちろん店主の腕も一流だ、と私は思う。


 たまに食べる美味しいと評判のランチにも負けているとは思わないし、分けてもらった余り物のパンを夜に食べて、さらに残しておいて翌朝に食べても、それでも美味しく食べられるのだから!



 私の他にも何人かが、猫車にパンを積んで、街に出ていく。


「おはようございます!」「おはよー!」


 挨拶を交わしながら、これも店のトレードマークになっている猫の描かれた帽子とエプロンをつけ、私もパンを運んで、店を出た。



「いつもありがとう、朝早いのに大変ね」


「猫のパンにお願いすると、サイドのサラダとか飲み物にスープや牛乳とかも用意してもらえるし、朝が本当に楽になったわ!」


「母さん、パンが来たよ! ほら、こっちのふわふわな方が、母さんの」


「今日も時間通りですね。それでは、いつもの場所にお願いします」


「レンガちゃん、今日もカワイイね! どう、ついでに朝食食べてかない?」



 パンを届けると、けっこう色々と声をかけられる。


 たまに笑顔で対応するのに困ることもあるけれど、基本的にはいい人ばかりだ。


「レンガちゃんは、パンと一緒に笑顔も届けてくれるから、こっちも笑顔になるよ」なんて言われたときには、けっこう恥ずかしかったけれど。


 それでも、色んな人の笑顔が見れるこの仕事ができて、とても嬉しいと感じる瞬間だ。



 小一時間かけて全部の配達先を回ると、店に戻る。


 他に届けに出てた同僚もだんだん戻り、店はにぎやかだ。


 ましてや、今日はお給料日、みんなのテンションも高い。



「こんど、欲しかったあの本を買うんだ」


「あの魔道具、まだ置いてあるといいんだけど」


「そういえば、彼女になに渡すか、決めた?」


「初めての給料なんです、なので家族になにか渡したいな、って」



 あちこちから使いみちはどうだこうだという声が、聞こえてくる。


「レンガちゃん、いつもありがとう、これ今月のお給料だよ。


……あぁ、レンガちゃんが学院生じゃないのなら、このまま夜までずっと仕事をしてもらいたいんだけどねぇ」


 残念そうにそう言ってくれるマリオさんには申し訳ないけれど、もうあまり時間がない。


「ありがとうございます! また、あとで!」


 精一杯の感謝を込めてそう言ってから、帽子とエプロンを返すと、受け取った銀貨をぜんぶ袋にしまい、私は次の目的地へと向かう。

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