琉球 ニライカナイ編

第101話 養ってちょうだいな

 舜天しゅんてん大舜たいしゅんが消え去ったのを確認して、ナビーは倒れたままの剛の元に急いだ。


マブヤー魂よマブヤー魂よウーティキミソーリ追いかけておいで。マブヤー、マブヤー、ウーティキミソーリ……やっぱりマブイグミではダメみたいだねー。一応、琉美もやってみてちょうだい」


「わかった。やってみる」


 琉美もマブイグミを試してみるが、全く手ごたえがないようだった。


「花香ねーねーがやっていた、最高峰のマブイグミってのをやらないとダメってことか?」


 俺はナビーに質問したが、浦添うらそえ軍の回復を終えて追いついてきたカマドおばーが背後から答えてくれた。


「この感じだと、グミヌチヂでも難しいかもしれないねー。とりあえず、首里城に連れて行って佐司笠さすかさにやってもらうしかないさー」


「カマドおばーはグミヌチヂできないんですか?」


「残念だが、あれはノロが久高くだか島で修行をして初めて会得できる技だから、ユタであるわんにはできないさー。なるべく早いほうが良いだろうから急ぎなさい」


 カマドおばーほどの人ができないとなると、花香ねーねーはすごかったのかもしれない。


 その時、ケンボーと浦チンがシーサーに乗ってやってきた。なぜか少し焦っている。


「シバーーー! どぅし友達西平にしひら総賢そうけんが助けにきたぞー! マジムン魔物まーやがどこだ!?」


 ナビーは何も言わずにケンボーをヒヤー火矢で殴り飛ばした。


やーお前はマジで空気読めないな。しかも、来るの遅すぎだろーが」


 カマドおばーはケンボーに呆れながら、ナビーに催促した。


「あのふらーバカは無視してもいいから、へーくさに早くしろ


 駆けつけてくれたケンボーを無視していくのは気が引けるが、カマドおばーの言う通りに急ぐことにする。

 剛を白虎に乗せてナビーと琉美がまたがったが、俺はやりたいことがあるので乗らずに言った。


「ごめん、俺は後から追いつくから、先に向かってちょうだい。ちょっと行きたいところがあるから」


 その時、突拍子もなく背後から誰かに抱き着かれ、首の付け根付近に頬を付けながら話しかけられた。


「あなた、すごく強いね! 今の戦いずっと見ていたけど、とっても感動したよ!」


「え!? ちょっと、まっ、ど、どちらさんですか?」


 抱き着くのをやめたので振り返ってみると、琉球の者でも大和やまとの者でもない、アジアンビューティー系のお姉さんがニコニコしながら答えてくれた。


「やったよ! 言葉通じるなんて幸運ね! あっ、申し遅れました、みん国の交易船で護衛をしていた萌萌モンモンっていいます。いざ帰国というときに護衛を首になってしまい、船に乗せてもらえなくて、行く当てもないのです。だから、そこの強いあなた、この萌萌モンモンやしなってちょうだいな!」


 距離を詰められ上目遣いで言われると、はいと答えそうになったが、ナビーと琉美が鋭い視線で睨んでいる気がして、思いとどまった。


「急にそんなこと言われても困ります。急いでいるので他を当たって下さい」


「そんなぁ……」


 俺が断ったのを確認したナビーは、白虎を首里の方角に向けさせた。


「シバ、先に行っているから用が済んだら来なさいね。あと、自分がこの世界の人間じゃないってことを考えなさいよ」


 この萌萌モンモンという女性を俺が面倒をみたとして、為朝ためともを倒していざ元の世界に帰るときに、どうするつもりなのかと言っていると解釈した。


「わかってるって」


 今度は琉美がくぎを刺してきた。


「その伸びている鼻の下を縮めてから言ってよね」


「伸びてねーし! そんなことより、早く剛さんを」


 白虎はあっという間に首里城に駆けて行った。


 ナビーと琉美がいなくなると、萌萌モンモンが再度頼み込んできた。


「すでに2人も養っていたんだね。萌萌モンモンは3番目でも文句は言わないから、考え直してちょうだいよ」


 俺が困って言葉に詰まっていると、護佐丸ごさまる萌萌モンモンに話しかけた。


うんじゅあなたわんの城に来ていた者の1人だな? 今回の交易ではばんないたくさんの品物があり、より護衛が必要だと思うのだが、どうして護衛をクビになったのかねー?」


「良い物がいつもより多かったせいで、少しでも多くの物を船に乗せるためにと、高給取りで操船に関係ない萌萌モンモンが首になってしまったね」


 再開された大和との交易が順調で、今までとどこおっていた分いい品がたくさん琉球に入ってくるらしい。

 そのため、今まで手に入らなかった大和の品を少しでも多く持ち帰るために、萌萌モンモンは下船させられたというのだ。


「そうか。悪事をして首になったわけではないのだな? それなら、シバ。年も近いようだし、少しの間だけでも面倒を見てあげてくれないか? わんなら次に来るみんの交易船に乗せられないか聞くことはできるから、それまでということで。それに、護衛だったということは、足手まといにはならないと思うぞ」


護佐丸ごさまるさんが言うのならしょうがないですね。わかりました。最低限の衣食住の確保くらいしかできませんが、任せてください」


「やったよー! 改めまして、萌萌モンモンと言います。17歳です。シバ様、どうぞよろしくお願いしますね!」


「よろしくね。でも、1つ条件を出していいかな?」


「もちろんですよ」


「じゃあ、できるだけ語尾にアルをつけてください」


「アル? まあ、そんなことでしたら。わかったアル」


 ……やっぱり、アルがしっくりくるんだよな。


 そんなことより、負傷した浦添うらそえ軍の回復を、カマドおばーとチヨに頼むことにした。


「カマドおばーとチヨには申し訳ないけど、今の戦いで出た浦添うらそえ軍の負傷者を引き続き回復し……」


「中二按司あじ! いや、シバさん。うんじゅあなたはもう浦添うらそえ按司あじではないことをわしんなよ忘れるな。これは浦添の問題ですので、余計なことはしないでもらいたい」


 浦チンは突然、眉間にしわを寄せながら強い口調で俺の言葉を遮った。浦チンのこんな姿は、これまで見たことがなかったので少し驚いたが、怒り慣れていないためか、ぎこちなく見える。

 たぶん、何か意図があっての事だろうと思う。

 すると、俺が返答する前に、軍のまとめ役である阿波根あはごんが浦チンの胸ぐらをつかみ、すごい剣幕で迫った。


「浦添親雲上ペーチン! この無礼者が! 中二按司になんてことを!」


 今にも殴り掛かりそうな阿波根の肩を、護佐丸がガシッと掴んで制止させた。


「落ち着いてよく見なさい。浦添親雲上ペーチンくくるを痛めながらも、わざとシバを突き放すような言葉を使ったのだよ。浦添が足かせとなって、これからの活動に支障をきたしてほしくないという、強いうむい想いがあっての事だからわかってあげなさい」


 浦チンの顔をよく見ると、険しい表情のまま唇を噛んで血がにじんでいた。

 阿波根あはごんは直ぐに手を放し深く頭を下げた。


わっさいびーんすみませんでした! 無礼者はわんの方でした。よし! 浦添軍みんなで元浦添按司を追い出そうではないか! 浦添に按司はいらない! 浦添にはもうかかわらんけーかかわるな!」


『浦添に按司はいらない! 浦添にはもうかかわらんけーかかわるな!』


 ひどい言われようだったが、涙を流しながらクシャクシャな顔で言われると、心がキュッと締め付けられた。

 俺は何も言わずに皆の想いを汲み取って、萌萌モンモンを連れてこの場を後にした。


 ……浦添按司になって本当によかったな。




 俺と萌萌は、佐司笠さすかさの元に向かわずに剣のキーホルダ制作でお世話になった、鍛冶屋の下地しもじさんの所に来ていた。


「下地さん、その節はどうもありがとうございました」


めんそーれーいらっしゃい、中二按司……は今日で退任でしたね。シバさん、今日は何用で?」


「実は下地さんの腕を見込んで、作って欲しいものがあるんですけど、最近は忙しいですかね?」


 下地さんは後ろに立っていた萌萌モンモンを見てニヤニヤしながら言った。


「ナビーさんや琉美さんという人がいながら、シバさんも隅に置けないですな。もしかして、そのお嬢さんのぐなぁ小さい刀を作ってほしいのですか?」


「どっちも違います! こちらはみん国出身の萌萌モンモンさんです。帰る船が見つかるまで、面倒を見ることになっただけですから」


「帰還までの期間、面倒を見るってことですね。ぶっふっふ!」


「そうじゃなくて、作ってほしいものはヒヤー火矢なんですが、作ったことってありますか?」


「残念だが、ヒヤー火矢みんから来たものを見たことがあるだけで、作ったことはないですな」


「実は、刀の時みたいに小さいヒヤー火矢が欲しいんだけど、下地さんでも作れないですかね?」


 ナビーたちを先に行かせてまで俺がやりたかったこととは、ナビーがいつでもヒヤーで戦えるように、ヒヤーのキーホルダーを作ってもらうことだった。

 今回の戦いは、ナビーが最初からヒヤーを持っているだけで、もっと楽に戦えたと思うので、少しでも早く頼んでおきたかったのだ。


「シバさんには儲けさせてもらいましたからね……わかやびたんわかりました。難しいとは思いますが、とりあえずやってみましょう」


 すると、黙って聞いていた萌萌モンモンが手を上げながら前に出た。


「そういうことなら、萌萌が役に立つと思うアルよ。祖国では戦で何度もヒヤー火矢を使ってきたからね」


じゅんにな本当か!? それでは、お手伝いしてくれると助かります」


萌萌モンモンはシバ様のものアル。だから、シバ様次第アル」


 萌萌をここにあずければ、ヒヤーのキーホルダーも作れて、一時いっときだが面倒を見ないで済む。


 ……一石二鳥じゃないか!


 俺は2人に向かって深々と頭を垂れた。


下地しもじさん、萌萌モンモン。2人で力を合わせて、どうか完成させてください!」

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