第40話 あのロングコート

 2019年6月17日、午前6時。

 私とナビーはクタクタになったシバに起こされて、昨夜キジムナーに呼ばれてしごかれた事と、ヒンガーホール探索に必要だから白虎をあずけたことを聞かされる。

 シバは昼夜逆転のせいで、明日の朝まで起きられないと言ってそのまま部屋に入っていった。


 シバが用意していた朝食を食べて、今日はナビーと2人で屋上で修行することになった。

 ナビーとの修行では回復系はもちろんだが、狙われたときのための守備や攻撃の技もやっている。


「今日は、一撃の大技の練習しようね」


「え!? どうしてヒーラーの私が大技を覚えるの?」


舜天しゅんてんみたいにちゅーばー強いな敵と戦うと、かんなじ必ず戦闘中の回復を琉美がすることになるさー? それを見た敵は、琉美がかしましくなって狙ってくるわけよ。そこに大技を琉美がばんみかすぶちかます。そしたら敵を倒せなくても、簡単に近づいたらダメって思われるでしょ。それに、そのあと、私とシバが戦っているときも、いつ大技が飛んで来るか警戒させることもできるから有利になるわけさー」


 よくそこまで考えるなと感心しながら、自分の立場を理解した。


「それって、けっこう重要そうだね。私にできるかな……」


「これはドSPがばんないたくさんで、ヒーラーなのに攻撃力が高い琉美にしかできない作戦だから、大丈夫よー!」


 龍のキーホルダーを出すように言われたのでポケットから出すと、ナビーもシバから譲ってもらっていたものを手に持っていた。


「琉美はそれを龍のムチにするさー? やしがよだけど、それって特技じゃなくて特殊能力【ドS】の効果でムチを出して叩いているだけだから弱いわけよ。だから、そのムチを使った特技を授けようねー」



 ナビーがあらかじめ考えていた技を教えてもらい、ナビーの技とぶつけ合って強化することになった。


「ソードドラゴンアタック!」

サドラゴンウィップサディストの龍のムチ!」


 大綱の様な銀の龍が、私とナビーの手から解き放たれて激しくぶつかり相殺そうさいした。技名は違うけどほぼ同じ技である。

 今日は1日中、屋上で何度も技をぶつけあうと技のレベルが3も上がっていた。



 次の日からシバが復活して、毎日1、2匹のマジムンを倒しながらキジムナーの連絡を待つ日々が続いた。



 2019年6月23日。午前8時。

 何やらシバと花香ねーねーが玄関で話している様だ。


「花香ねーねー、今日は仕事休みって言ってませんでしたか? そんな荷物もって何処か行くんですか?」


 花香ねーねーは少し膨れた手提げバックを肩にかけ、慌て気味に外出しようとしていた。


「ああ、ちょっと急用ができちゃってね。私の分のお昼ご飯は用意しなくても大丈夫だからね」


「はい、わかりました。あ! もしかして、男ですか? 晩ご飯は赤飯にしましょうか?」


「うるさいよ! ふふ、行ってきます」


 シバがリビングに戻ってきた。


「花香ねーねーなんか急いでいるみたいだったね。仕事かな?」


「いいや、俺は違うと思う。仕事ならスーツか、かりゆしウェア着ていくだろ? だけど、パンツスタイルの目立たない普段着だったんだよ」


「もしかして男かなぁ?」


「いいや、男ならもっとおしゃれするだろ。もしかして、議員同士の密会とか……」


「ふふ、シバは創作物の見過ぎだよ」



 朝ご飯を食べて、午前中に予定していた家の掃除をしていると、頭の中で急に話しかけられた。急いで2人がいるリビングに移動する。


「あーあー。キジムナーだけど、みんな聞こえてるかー」


 私とナビーは初めての感覚に戸惑っていたが、シバはなれたように返事を返していた。


「はい、みんな聞こえてますよ」


「今、白虎をそっちに向かわせているから、急いでここまで来てくれ。じゃあ」


 それだけ言って通信が途絶えた。


「急がせたってことは、ヒンガーホールを見つけたのかもしれないな」


「シバ、琉美。急いで支度しようね。強いマジムンがいるかもしれないから、気を引き締めていくよ!」


 急いで支度を済ませマンションを出ると、すでに白虎が待っていた。

 3人で白虎にまたがり、おもむくままに進んで行くと読谷村よみたんそん残波岬ざんぱみさき付近の海岸に着いた。

 そこには、キジムナーとミシゲーしゃもじウッシーがゴツゴツした岩場の方を観察していた。


「キジムナー。何があったんです?」


「あれ見てみろ。おかしいことするいなぐ女性がいるから、お前らに見てもらおうと思ってよ」


 キジムナーが示すほうを見ると、うっすら見覚えのある、茶色いロングコートを着た人の後ろ姿を確認した。

 シバの顔が引きつって、すごく焦っている。


「あ、あのロングコートってあの時のだよな? 花香ねーねーが白い着物を隠すために来てたやつ……」


 私もはっきり思い出した。シバが露出魔みたいだとか変なこと言っていたやつだ。

 

「もしかして、花香ねーねーってことはないよね……」


「あれ花香ねーねーなのか? だったら声かけないとねー」


 ナビーには露出狂という概念がないためか、勘ぐることもなく声をかけに行こうとしている。


「ナビー、ダメだ! もう少し様子を見させてくれ」


「はー、なんでよー?」


「ナビー、私からもお願い。これからの生活にかかわるかもしれないことなの……ねえ、シバ。今朝の花香ねーねーっていつもと違かったんでしょ? 議員の密会じゃなくてこうゆうこと……」


「それは言わないでくれ。確信してしまうから……それより、まだ何もしてないじゃないか」


 その時、ロングコートの女性が海に向かって歩き出した。そして、海に向かってコートの中を思いっきりさらけ出した。


「やってしまったか……」


 シバは顔を手で抑えて落胆した。

 あれはグレーソーンタイプの露出狂だ。誰に見せているわけでもないので罪に問われにくいが、万が一、ここに人が通り見られたとしたられっきとした犯罪になる。


 シバが顔を上げ、さっきとは真逆に覚悟を決めた男の面構えになっていた。


「なあ、琉美。俺たちは何があっても、花香ねーねーのこと見捨てたりしないし、大切な家族としてこれからもいられるよな?」


「も、もちろんだよ! すごいお世話になっているのに、こんなことくらいで嫌いになれないよ!」


「わかった。じゃあ、俺たちで正しい方に導いてあげような」


 シバが前に進みだしたのでそれに続いていくと、シバが叫んだ。


「花香ねーねー! こんなことはもうやめにしよう!」

かおりさん! もうこんなことはやめて! ってなんでシバたちがいるのよ」


 少し離れた岩陰から、花香ねーねーがシバと同じタイミングで叫びながら飛び出してきた。

 時間が一瞬止まった次の瞬間、ナビーの純粋な声が聞こえた。


「あい! かみちゃん? なんでこんなところにいるわけー? ってなんでまるばいはだかなのか?」


 どうやら、ロングコートの女性はみんなの知り合いみたいだ。


「なんで皆しゃんがここに!? ……ち、ちがうの! ちがうの! これは……ごめんなしゃい」


 必死に言い訳をしようとしていた女性はすぐにあきらめたようだ。っていうかごめんなしゃいってなに?

 青ざめた顔になって黙っている女性にシバが口を開いた。


上運天かみうんてんさん。とりあえず前を隠してください……それと、あんた地味、活舌悪い、仕事できる、車内ラッパーに加え露出って、キャラ特性ありすぎだろ!」


 花香ねーねーはシバに指摘して、ここに来た経緯を説明した。


「ちょっとシバ、つっこむとこそこなの!? それはいいとして、私はかおりさんの旦那さんに、妻が不穏な動きしているみたいだから、何をしているのか突き止めて、いけないことをしていたのなら、正してほしいと頼まれていたのよ。まさか、あのロングコートでこんなことをしていたとは……」


「やっぱりな! 沖縄でロングコートって不自然って思ってたんですよ!」


「今のシバはテンションおかしいから、少し黙っててちょうだい。ところで、何でナビーたちはここにいるのよ?」


 ナビーがキジムナー達の方に指をさして言った。


あまーあそこにいるキジムナーに呼ばれたから来ただけさー」


「え! キジムナーいるの? 後でお話ししたいわね。その前に、こっちの問題を終わらせないとね」


 花香ねーねーは、泣き崩れている上運天かみうんてんさんに寄り添った。


かおりさん、どうしてこんな……っていうのは聞かないでおくわ。そういうへきの部分はデリケートですからね」


「すみましぇん、すみましぇん、すみましぇん……」


「私個人としては、香さんにはとても助けてもらっていて、これからもそうして欲しい。だけどね、県議会議員としては、このような行為をする人に秘書を任せるわけにはいかない。これがスキャンダルになって、私が議員を降ろされる可能性だってありますから」


 上運天さんはクビはしょうがないと思ったのか、黙ってうなずいた。そして、つぶやいた。


「警察に通報しゅるんでしゅか?」


「そうね……こういうのは、見た人が不快になったかどうかで犯罪の線引きがされるから、みんなにきいてみましょう」


 私とナビーはすぐに問題ないと答えたが、男のシバは黙っていた。


「シバはどうなの?」


「あ、しゃべっていいの? 俺は問題アリですね」


 思わず私が口を出す。


「ちょっとシバ! ここは問題なしで終わらすとこでしょ!」


「だって、あんなの見たらムラムラするでしょーが!」


「花香ねーねー、シバも問題なしでいいです。ていうか、シバが問題ありですね。女性の裸を見たせいで、おかしくなってます」



 この後、上運天さんは正式に秘書をクビになった。

 旦那さんにも事情を伝えると、すべてを受け止めてくれて離婚せずに済んだそうだ。

 これから何をして生きて行けばいいのかと、上運天さんが悩んでると聞いたナビーとシバは、ラッパーになることを進めていた。

 それを受けて、上運天さんは地味ラッパーとして地元のライブハウスでステージに立つまでになったが、いつの間にかDJになっていたそうだ。

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