エルフ姫と混浴


「ふぅ……」


 エルクは大浴場に浸かっていた。旅の中で落ち着ける瞬間であった。


「なぜでしょうか……何だか嫌な予感がするのです。嫌な胸騒ぎが」


 湯煙の中から何者かが姿を現す。女性のフォルムだ。一瞬、エルクは相変わらずリーネかと思ったがリーネはもう少し凹凸が少なかった。凹凸のある身体つきに違和感を覚える。


「……まさか」

「……はい?」


 そこに現れたのはシスティアだった。服の上からでも理解できたが、このエルフの少女(と言って良いのかはわからないが)顔立ちが理想的なだけではなく、身体つきまで理想的だった。そんな事を言っている場合ではない。錬金術を嗜んでいるエルクは何となく女体に関しても分析的にモノを見てしまった。性欲よりも知識欲や研究心が先立っているのだ。


「なぜ、システィア様がここにいるのですか?」

「エルク様、おかしな方ですね。ここは王城の大浴場ですよ。お風呂に入っているのです」

「それはそうですが……」


 エルフには混浴文化があるのか。あるいは他種族を異性とは見なさないのか。その可能性があった。生殖能力が低い事からあまり性的な意味で異性を意識しないのだろう。ましてやエルクは人間だ。人間種とはいえ、他種族である事には違いない。雄猫か何かと同レベルで見られているのかもしれない。


「もしかしてエルク様は私の事を性的対象として見ていらっしゃるのですか?」

「否定するのは難しいところです」

「そうですか。私達はずっとこの国に引き籠もっておりますので人間の常識などわかりません。人間は男女で入浴などしないのかもしれませんね」

「ええ。そうなります」

「私が入っているとご迷惑でしょうか?」

「いえ。そんな迷惑って事はないです」


 エルクとて年頃の男である。知識欲や研究欲により圧迫されているがそれでも性欲がゼロというわけもない。それに美しいものを見るのは好きだった。彼女の身体は美しい。傑作の彫刻を見ている気分にもなる。良い気分がした。


「そうですか。それは良かったです。少しお話をお伺いしたかったところです。外の世界がどうなっているか。私は知らないのです」

「そうなのですか」

「よく退屈しないと思いませんか?」

「いえ。私も比べものにならない程短い間ですが、同じような生活をしていたので。閉じた空間でも退屈するとは限りませぬ」

「まあ、そうなのですか。錬金術の研究とはそんなにも面白いものだったのですね」

「そうです。人生を賭けるに値するものです」

「素晴らしい事です。それだけ情熱を捧げられる事があるのは」

「ええ……」

「私はこの国でこう樹木のように張り付いた生活をしていますが、姉はそうではありません」

「お姉様がいらっしゃったのですか?」

「ええ。2000年前に。今どこで何をしているかは知りません。もう死んでいるかもしれません。姉は2000年前にこのエルフの国を出たのですから。ですがもし生きていたら姉は私がした事もないような苦労をしたとは思います。ですがそれと同時に私の知り得ない拾い世界の知識や体験を得たのだと思います」


 詳しくは知らないエルクではあったが、何となくシスティアの表情が複雑に見えた。


「お姉様が嫌いだったり苦手だったりするんですか?」

「そうではありません。ただ特殊な事情を抱えた姉でしたので、扱いに困ったのです。私が何を言っても何を施しても嫌味にしかならなそうで」

「はぁ……」


 何やら複雑そうだとエルクは思った。部外者としてはあまり深く言及しない方がいい。そう思った。話の中でエルフの国を出たと言っていた。言わば家出をしたのだろう。家出をするという事はすなわち家庭環境がよくない事を指す。その場合が殆どだ。

 だから何となく彼女達の家庭環境が良くないという事は理解できた。特殊な事情があるとも言っていた。何せよ部外者には理解できない事なのだろう。


「お姉様が仮に生きていたとして、どうされたいのですか?」

「わかりません。姉は私達を恨んでいるかもしれません」

「はあ……恨むですか」

「はい。私達は姉が生まれてきたというだけで忌み嫌ってきました。だから姉が私達を恨む理由というのは十分です。何もしていないのに過酷な扱いを受ければ、人は誰でも己の運命を呪いたくもなります」

「へぇ……」

「すみません。こんな事を旅のお方に話してもしょうがないのに。ただ、何となく胸騒ぎがして。つっかえたものを言葉にしたかったんです。聞いて欲しかっただけなんです」

「私でよろしければいくらでもお聞きしますが」

「ありがとうございます。ですが先ほどの会話で私としては十分ですので」


 ーーと、その時だった。


「リーネ! 今、先生がお風呂に入ってるところ!」

「わかっています! だから入るんです! 先生のお背中は私がおながしするんです」

「……やっぱり分かっていて入ってくんだ」

「皆さんだってこうしてついてきたって事は先生と一緒にお風呂に入りたいからに決まっているんです! 先生! リーネ達がお背中を流しに来ましたよー!」


 すっぽんぽんの三人が大浴場に入ってきた。空気が凍り付く。

 リーネの動きが止まった。大浴場にはエルクとシスティアが混浴をしていたのだ。


「あら。いらしたのですね」


 意味のよくわかっていないシスティアは無邪気な笑みを浮かべる。


「せ、先生が! 先生がエルフの王女様とお風呂に入ってる!」

「リーネさん……これには深い訳が。いえ、深い訳など何もありません! 特に意味はないんです!」

「う、浮気です! 先生の浮気ものです! 私というものがありながら、うええええええええええん!」

「待って、リーネ。そもそもリーネと先生は結婚していない。だから浮気にはならない」

「そもそも恋愛関係にもなってないんじゃないかな。浮気以前の問題じゃない?」

「そ! それを言われると身も蓋もありません! うえええええええええええん!」


 どちらにせよリーネは泣いた。そんな時だった。

 突如として爆発音のようなものが聞こえてきた。

 慌ただしい声が聞こえてくる。


「なんだ?」

「何かあったようですね。もはやゆっくりと入浴している暇はありません」


 五人は湯をあがった。

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