第2話 冒険者学校の記憶
エルクは思い出す。冒険者学校での記憶だ。講師をしていた時の彼女達の瞳。それは未来に希望を馳せている人間の瞳だった。その色はかつてエルクが宮廷錬金術師に対して憧れていた時の瞳と同じものだった。その無垢な瞳はエルクにとっては懐かしいものだった。
「冒険者になりたいんです」
そう、リーネは言っていた。だが現実は甘くない。冒険者というのは夢のある稼業ではあるが当然のように多くの危険を孕んでいる。危険なモンスターに出くわす事もある。それに人間というのは必ずしも良い人間ばかりではない。同じ冒険者に危害を加えられる事もありえた。そんな事は彼女もわかっている事であろう。冒険者が危険な稼業という事も。だが、それでも彼女は冒険者を目指す事に何の躊躇いもなかった。
エルクの講義が終わった時の事だった。エルクはリーネと会話をする機会があった。
「なぜ、そこまで冒険者になりたいのです?」
純粋な疑問からエルクはリーネにそう質問をする。気になったのだ。
「よくある話です。父が冒険者で、滅多に家には帰ってこないんですけど帰ってきた時には色々と土産話をしてくれて。幼い頃の私はその土産話を夢中になって聞いていたんです。だから、父と同じ景色を見たくなって冒険者を志しました」
「そうですか。ですが現実はあなたが思ったよりよりも残酷で過酷なものです。無論、それはあなたもわかっていて目指しているのでしょうが」
「はい。その通りです。けどそういう残酷さも過酷さも含めて、父が見てきた光景なのだと思います。それを含めて私は見てみたいのです」
リーネはそう言っていた。彼女の瞳の光は一向に衰える気配がない。その瞳の光はかつてエルクが抱いていた瞳の光と同じ者であり、昔の自分を思い出させる事となる。
「そうですか。あなたが良い冒険者になる事を私は祈ってますよ」
「はい。がんばります」
そう、リーネは笑みを浮かべた。
「そうでした。あなた達はあの冒険者学校で教えていた」
「は、はい。そうです」
「それであなた達は何をしているのですか?」
「ここからしばらく行ったところにあるラピスラズリという名前の迷宮都市へ向かっているところなんです」
そう、リーネは言った。彼女達は冒険者学校を卒業したのだから、冒険者となる事は自然な流れであった。
「ところで先生は何をされているのですか?」
冒険者である彼女達が街道を歩いている事よりも宮廷錬金術師である自分(エルク)が街道を歩いている事の方が余程不自然な事であろう。当然、その疑問は出てくる。
だが、エルクは何と答えればいいか悩んだ。正直に宮廷錬金術師の身分を追われたというべきか。恰好はつかない。だが、教え子達に嘘を教えるべきではないだろう。嘘をつくのは良くない事だ。エルクはそう考えていた。
「宮廷を追われてね。それで途方に暮れて彷徨っていたところだよ」
「え!? 先生が!? 一体どうして」
「何でも国王は錬金術の価値をわかっていないらしいんだ。それで私が部屋に閉じこもっていて高い給金を得ている給料泥棒だと独断されてね。それで王国アーガスを追放されたんだ」
「そ、そんな事があったんですか」
「情けない話だろう?」
「そんな事ありません! 先生が授業で見せてくれた錬金術は大変見事なものでした! 私、凄く感激しましたもの」
「……そうですか」
エルクが見せた錬金術は単に石を鋼鉄に変える程度の初歩的な錬金術ではあったが、それでも錬金術を知らないリーネが驚くには十分なものであったのであろう。
「それで先生はこれからどうするおつもりなのですか?」
「別に何も決まっていないよ。言っては何だけど今の私はただの無職でね。今も行く宛もなく彷徨っているところだよ」
幸いな事に宮廷錬金術師時代はそれなりに高い給金を貰っていた為、しばらく働かずとも生活できるだけの蓄えはあった。
「そうだったんですか。だったら先生、私達と一緒に冒険者になりませんか?」
「え? 冒険者に?」
「はい。冒険者です。錬金術のエキスパートである先生が私達のパーティーに入ってくれれば心強いです」
冒険者。宮廷に入っていた自分からは最も遠いところにある存在であった。宮廷に入るという事は言わば籠の中の鳥になるという事だった。籠の中は安全ではあるが、それと同時に大空を自由に飛び交う鳥に憧れを抱く。エルクにとっては冒険者という稼業は言わば大空を飛び交う鳥である。無論、それは良い事ばかりではない。籠の中の鳥は飼い主に餌を与えられ、安全を確保されている。空を飛ぶ鳥は自ら餌を取りに行かなければならず、外敵に襲われる危険性もあった。だが、それでも大空を飛ぶ自由には代えがたいものがあるだろう。
「いかかですか? 先生」
「後ろの二人はどうなのですか?」
リーネの後ろには二人の少女がいた。魔道士風の少女。それから僧侶風の少女だ。流石に全生徒の名前を覚えているわけでもないので後でそれとなく聞いておく必要性があるが。
「異議なし」
「私も特にありません」
「だそうです。後ろの二人も歓迎していますよ」
「そうですか。でしたら」
エルクは思う。かつて自分は宮廷錬金術師、言わば籠の中の鳥であった。第二の人生を大空を飛び交う鳥。冒険者として生きてみるのも悪くない。
行く先の無くなったエルクが彼女達の差し伸べてきた手を取る事に何の躊躇いもあるはずもなかった。
「不束者ながらお邪魔させて貰いますか」
「そんな。お邪魔だなんて。大歓迎ですよ。先生」
エルクはリーネの差し伸べてきた手を取った。こうしてエルクは第二の人生として冒険者の道を歩む事になったのである。
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