第31話 名付け

「すげえぞ! ヨッシー。この速度なら一日かからず到着しそうだ」

「すごいー。すごいー」

『まだまだ飛ばせるっす! しっかりと掴まっていてくださいよおおお!』


 太い枝の上でぐぐぐっと太ももに力を込めたヨッシーが、力強く枝を蹴り出す。

 ひゃー。樹齢何百年もありそうな大木を飛び越え、真っ青な空が視界一杯に広がる。

 目指す先の山もはっきりとこの目で確認できた。

 山が連なるあの地に、渓谷があるんだ。渓谷の一番低い部分は常に太陽の光が当たらない湖がある。

 その湖に――。

 

「わおん」

「うお、ギンロウ!」


 ビックリした。

 ギンロウもヨッシーの真似をして高くジャンプしたようだった。

 ギンロウとヨッシーが並ぶようにして再び大木の枝に着地し、再び跳躍する。

 

「すごいすごいねー。のえるー」

「だなー。俺も驚いたよ!」

「くああ」


 触発されたのか、この期に及んでもリュックにしがみついていたファイアバードが翼を震わし飛び上がった。

 さすが空にかけては本職。どこまでだって高く飛んでいける。

 あの背に乗ることが出来れば……俺も空に。

 なんてな。

 

「わたしもとぼうかな?」

「この速度だから、そのまま俺の肩でいいんじゃないか?」

「わかったー」


 楽し気ににこにこと満面の笑みを浮かべる人形のような少女。

 少女といっても人間じゃあない。

 身長は30センチにも満たないほど。全身が青みがかったガラス細工のようで、背中からは尖ったトンボのような翅が一対伸びている。

 彼女は「水の精」らしい。

 

 屈伸をするヨッシーを眺めていたら、ウトウトして寝ちゃったんだけど。

 頬に冷たさを感じて夜中に目が覚めたんだよ。

 そうしたら、彼女が「ばあー」と両手を広げて俺とにらめっこしてきて。

 しかし、俺は眠かった。

 なのでそのまま再び寝てしまったのだけど、朝になったら彼女はギンロウのふわふわベッドでスヤスヤと眠っていたんだ……。

 俺たちが出発する時になって彼女も「ついていくー」となって、今に至る。

 

「ちゃんと掴まってなくても平気なんだな」

「うんー。えへへー」


 ほらーとばかりに両手を俺の肩に添えて両足をぶらんぶらんとさせる水の精である少女。

 お、おお。

 ヨッシーがこれだけ激しく上下に動いているってのに、まったく体幹がブレていない。魔法の壁みたいなもので安定させているのかな?

 そもそも、あんな小さな翅で飛べるわけないし。なんらかの魔法を使っているのかなと思われる。

 今彼女が平気なのも、その応用かもしれない。

 

「そういや、水の精さん。お名前は?」

「のえるー」

「それは俺の名前だって……。水の精さんは何て呼べばいいのかな?」

「んー。のえるがきめてー」


 お、おいおい。

 いきなり名付けを頼まれても……。

 

「くあああああ!」

「痛え、何だよ突然」


 空に飛び立ったはずのファイアバードが急襲してきた。リュックにしかと着地し、俺の頭に向けかつかつと嘴を振るう。


「くああ!」

「ん、ひょっとして、名前を付けて欲しいのか?」

「くあ!」

「のえるー。まだー?」


 水の精までぺしぺしと俺の頬を叩いてくる。

 ノンビリとした会話を続けているが、この間もずっとヨッシーは激しい上下運動を伴う高速移動を続けているのだ。

 俺は三半規管がやられまくってるのだけど、ファイアバードと水の精は平気らしい。

 彼らを見ていると人間って脆弱なんだなと思い知らされるよ。

 

「そうだなあ。先にファイアバードから」

「くあ」

「ファイア……炎……ほむらじゃ魔女っ子みたいだから、エンでどうだ?」

「くああ!」


 満足してくれたのかは分からないけど、ファイアバードことエンは再び飛び立っていった。

 今度は水の精か。

 

「水の精は水だからスイにしよう」

「すいー」

「単純でごめん……」

「のえる、ありがとうー」


 純真無垢な笑顔を向けられ、ちょっと気が引けたけど、まあいいかと思いなおす。

 彼女が気に入ってくれているならそれが一番だよな。うん!

 

『パネエッス! ギンロウ兄貴、負けないっす!』

「わおんー」


 こっちはこっちで盛り上がっているみたいだ。

 う、うおおお。揺れすぎだろおお。

 首がガクンガクンするのを耐えるだけで精一杯だよ!

 スイは愉快そうに足をブラブラさせてバンザーイしているし。

 俺は人間であるからして、もう少し手加減して欲しい。

 

 ◇◇◇

 

「ほええええ」


 余りに脳みそを揺さぶられたか、ヨッシーの背から降りた途端に茫然としてしまった。

 前回来た時は三日くらいかかった工程を僅か半日で進んできたわけなのだけど、代償は大きい。

 変な気の抜けた声しか出てこねえ。

 

「ほええー」

「くあー」

『フルーツ』


 俺の声に触発されたのか、スイが俺の声真似をしてころころと笑う。

 エンはこれでもかって気の抜けた「くあ」を出すし、ひょっこりとリュックから出て来たロッソはまあいつも通りである。

 ロッソはずっと揺さぶられてたわけだけど、平気なのかな?

 食欲があるってことは、いつも通りと判断してもいいだろう。

 

「見晴らしもいいし、今日はここですごそうか」

『うっす! 兄貴!』


 声が大きい。あれだけ走ってきたのに屈伸しているヨッシーに対し額から冷や汗が流れ落ちる。

 ここは山の中腹辺りで、一旦山頂付近まで登って降りてきた途中ってところ。

 もう少し進むと急激に傾斜がきつくなって、目的の渓谷に至る。

 

『フルーツ』

「ロッソ。食事はみんなで……だけど狩りはもう少し待ってもらえるか」


 両手を地面につけ、せがむロッソに向け苦笑した。

 すると、未だに屈伸を繰り返していたヨッシーがビシッと右前脚をあげる。


『それなら自分が行ってくるっす!』

「わおん」


 ギンロウも乗り気なようで、元気よく吠えた。

 

「じゃあ、ギンロウとヨッシーに任せようかな。くれぐれも気を付けてな」

『うっす! ギンロウ兄貴がいれば百人力っす!』


 って言うや否やもう走り出しているヨッシーとギンロウである。


「ふう。お言葉に甘えて休憩するとしよう」


 もう見えなくなってしまった二人が向かった方向に目をやり、水を口に含む俺であった。

  

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