第17話 バナナの皮

 街の入り口までラズライトたちと一緒に移動して、ここで行き先が異なるため別れることにした。

 彼らはまず武器の修理に向かうそうだ。石のことしか考えていないようなラズライトと言えども、やはり冒険者なんだなと改めて思う。

 冒険者とは自分の体が資本の肉体労働者だ。商売道具が傷んだままでいては、命に係わることもある。

 ん、でも、次の冒険にまでに武器のメンテナンスすればいいわけで、うん。まず「鍛冶屋に向かう」ことは、ロンゴロンゴの意思だな。

 一緒に冒険するなら、余暇を楽しむ前に次の冒険への準備を完了させておけってわけだ。

 無骨なしっかり者のリザードマンがいれば、彼女も安心して洞窟探検に行くことができる。いい相棒じゃないか。

 じゃあ、ロンゴロンゴは何でラズライトと一緒にいるんだろう? 面と向かって聞くのは憚られるけど、聞いてみたくはある。

 チャンスがあれば、聞いてみようっと。といっても、次に会うのはいつのことか分からないけどね。

 

「いや、近くラズにはお礼をしなきゃな」

『欲しいのカ?』 

 

 定位置のリュックの上でバナナを食べ終わり、名残惜しく皮の裏側に長い舌を伸ばすロッソである。

 

「皮しか残ってないじゃないか」

『リュックに入れておク』


 皮をどうしろってんだよ。

 あとでコッソリ捨てておくか。

 ロッソがラズライトのことをバナナと言ったことを覚えているだろうか?

 彼女の好物はバナナで、常に携帯している。アマランタは港街だけに、遠い地域からいろんな物が入ってくる。

 その一つにバナナがあるわけだけど、結構お高いんだよ。どれくらいかっていうと、同じ大きさの干し肉くらいのお値段なんだ。

 オレンジだと四つか五つ買う事ができるほど。

 ロッソに「じゃあどっちにする」と聞くと、数を選ぶので当然オレンジとなる。

 つまり、彼がバナナを食べるのはラズライトに会った時だけなのだ。彼女は余り物に対する拘りがない(石を除く)ので、ロッソがバナナ好きだと知ると会うたびに彼へバナナを与えてくれる。頂くばかりじゃあれなので、俺は俺で冒険の最中拾った珍しい石なんかがあれば、彼女に渡すことにしているんだ。

 

 ◇◇◇

 

「ノエル!」


 冒険者ギルドに入るなり、奥の受付コーナーからミリアムがパタパタと俺の元へ向かってきた。

 彼女が自分から席を離れるなんて珍しい。

 いつもの口元だけに浮かべる営業スマイルじゃあなく、目元まで細めているのが印象的だった。

 お仕事中はクールなイメージを装っているけど、普段の彼女はそうでもない。

 面と向かって言うとつーんとされるので、お口にチャックを忘れずに、だけどな!

 

「どうした? 出張料の請求は勘弁してくれよ」

「それもいいわね」

「ええー」

「ありがとうね。ノエル。元はと言えば私が」


 恥ずかしいのか顔を逸らし、口を尖らせるミリアム。

 そんな彼女の肩をポンと叩き軽い調子で言葉を返す。


「何だそんなことを気にしてたのか。後をつけるだけだったし」

「もう、何よ。その顔ー!」

「あはは。心配してくれてありがとうな」

「私に触れた分、あとで奢りなさいよ!」


 ふんすと鼻息荒くクルリと向きを変えたミリアムは、俺から背を向けたまま捨て台詞を残す。

 自分で言って照れたんだろう、耳が真っ赤になってるぞ。

 

「あ。ミリアム」

「冒険者さんのご依頼は受付までお越しくださいね」


 つ、冷たい。

 でもま、彼女は彼女で依頼者を待たせているみたいだし、順番が来るまで受付前で待つことにしよう。

 

 ギンロウを連れて順番待ちの席に座る。

 俺が座るのに合わせ、ギンロウが足元に伏せて尻尾をパタパタ振った。

 リュックを脇に降ろし、バナナの皮をリュックから出そうとしたんだけど、見当たらない。


「あれ? ロッソ。バナナの皮は?」

『リュックの中ダ』

「ん、落としたのかな?」


 そんな折、スライムがぽよぽよしている姿が目に留まる。

 スライムはイエローカラーではあるが、向こう側が見えるほど透き通っているんだ。

 頭? といえばいいのか、涙型の頭頂部にバナナのヘタの欠片が浮いている。


「そういうことか。ロッソは知ってたの?」

『ン?』


 この様子だと知らない様子だ。

 スライムはといえばプルルンと体を震わせ、残ったバナナの皮を完全に消化してしまう。

 俺のうろ覚えの知識だと、スライムは色によって好みの食べ物が違うという。

 だけど、このスライム。元々、モンスターの死体に群がっていた一匹だったんだよな。なので、好みは肉系と思っていたんだけど。

 うーん。エルナンに聞けばスライムの詳しい生態について教えてくれるはず。

 何でも食べるからといって食べさせていて、体調不良になっちゃったら飼い主として申し訳ない。

 つんつんと指先でスライムをつっつくと、ぷにゅんとして思いのほか心地よい。

 

「お、おお。ずぶずぶと沈むな。戻すとぷるるんと元に戻る。おもちゃのスライムと違って涙型の基本形を保つようにできているのかな」

「すまんな。待たせてしまって」

「マスター。わざわざ出張ってきて、また何かあったとか?」


 身構える俺に対し、いつの間にか奥から出てきたギルドマスターはガハハと笑ながら俺の背中をバンバンと叩く。


「今回は苦労をかけたな。あいつらはどうなったんだ?」

「怪我をしていて疲労困憊だったけど、命に別状はない。一日休んでから、街に戻って来ると思う」

「そうか。あいつらのことだから、フェイスに出会うまで動かねえだろうし。お前さんが倒してきたのか?」

「まあ、そんなところ。あいつらは連携に難があるな。それが依頼を任せなかった理由だろ?」

「そこまで分かっていたら何も言う事はねえ。その通りだぜ。個々人が俺も俺もでな。それなりの相手なら、まあ、それでもいいんだが」


 白い歯を見せ口の端を親指でグイっとあげるマスター。

 あいつらのことは全てお見通しってわけか。そらそうだよな。分かっていたからこそ、俺に後をつけてくれという緊急依頼を出したわけなのだから。

 

「それで、一応解決したってことで、今回は完了でよいのかな?」

「おう。ミリアムに変わって俺が受付完了にしておくぜ。それと、お前さんのことだ。ミリアムを呼び止めようとしたのは、荷物のことだろ?」

「そそ。置きっぱなしにしていったからさ」


 急を要したとはいえ、エルナンとの話も途中のまま出て行ってしまったからな。


「ちゃんとお前さんの荷物を保管しているぜ。もちろん、保管料は無しで大丈夫だ。俺からお前さんに『今すぐ』って頼んだわけだしな」

「荷物はさ。ほぼ全部モンスター素材なんだよ。買い取ってもらおうと思ってて」


 よかったよかった。ゴミだと判断されて捨てられていないか心配だったんだ。

 ホッと胸を撫でおろす俺の気持ちなど露知らぬマスターは、愉快そうに笑い言葉を続ける。


「そうかそうか。なら、今回の手間賃としてギルドでやっておく。買い取り価格を知らせればいいか?」

「うん。欲しい物があってさ。ルビーも換金しようと思ってたんだよ」

「ほう。何が欲しいんだ?」

「郊外の土地だよ。こいつらだけじゃなくて、馬とかヤギとかも飼いたい」

「牧場を作りたいとか言ってたやつか? 本気でやろうと思ってたのかよ! かああ。てっきり冗談だと思ってたぜ。冒険者は続けるのか?」

「一応続けるつもりでいるよ」


 夢は郊外で俺だけの土地を買い、牧場経営をすることだ。

 経営って言っても畜産で商売をしようというわけじゃあない。俺の個人的趣味――動物たちに囲まれて過ごしたいという欲望を満たすだけのもの。

 なので、生活費は別で調達する必要がある。ギンロウやロッソの運動がてらに素材採集の依頼を受けたりしようと思っているんだ。

 

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