第14話 お仕置きが必要なようだな

「ギンロウ、前は放置でいい! ロッソ!」

『おウ』


 俺とロッソはギンロウみたく風のように動くことは叶わない。

 だから、俺たちにできることをする。

 俺たちは三人で一つのチームだからな。

 幸い、これだけ距離があればスライムとファイアバードが傷を負うこともない。

 右手を広げると、ロッソがのそのそと俺の体を伝って手の平に乗る。

 

 その間にもギンロウは広場に入った瞬間、高く飛び上がりアルトたちから見て最後尾にいるフェイスの頭上を超えていく。

 宙を舞うからの彼の周囲をキラキラとした微小な氷の粒――ダイヤモンドダストが現れた。

 白銀の毛並みに纏うダイヤモンドダストは幻想的で一枚の絵画のようだ。

 

『おイ。ノエル』

「すまん、一瞬心を奪われていた。行くぞ、ロッソ」


 心の中でどのような形態になってもらうか念じると、ロッソが正確にそれを再現してくれるんだ。

 今回は……よし。

 ロッソの体から煙があがり――。

 

 一方でギンロウの放ったダイヤモンドダストはフェイス二体を包み込み、奴らの動きを止めた。

 これこそダイアモンドダストの効果――極低温である。

 極低温の檻は通常のモンスターならばそのまま息の根を止めてしまうほどなのだけど、大理石の魔法生物たるフェイスはダイヤモンドダストの効果が切れたら再び動きだすだろう。

 残す一体はドラゴニュートの目前にいる個体だ。

 こいつまでダイヤモンドダストの餌食にしてしまうと、ドラゴニュートまで巻き込まれてしまう。

 だからこその「前は放置」である。

 

 ま、間に合えよおお!

 両手でくの字の形をしたブーメランを握りしめ、振りかぶり……放つ!

 ロッソが変化したのは長さ1.5メートルほどのブーメラン。

 風を切り、とんでもない加速によって炎があがるほどの速度になったブーメランは低い位置から伸び上がるようにフェイスへ直撃する。

 ズバアアアアン。

 そのまま勢いを落とすことなくフェイスを下から上へ切り裂いたブーメランは方向を変え、俺の手元に戻ってきた。

 対するフェイスは中央から真っ二つになり大きな音を立てて床に転がる。

 

「よし!」

 

 左の拳をググっと握りしめ、喜びを露わにする。

 右手はというと、手元収まったブーメランが白い煙をあげ元のロッソの姿に戻った。

 

 ――パリイイイイン。

 一方そのころ、残ったフェイス二体が粉々に砕け散る。

 着地したギンロウが右前脚と左前脚で凍り付いたフェイス二体を殴打したのだ。

 元々高い耐久力を誇るフェイスだが、極低温で脆くなっていたとなればギンロウの攻撃に耐えられるはずもない。

 

 あっさりと三体を仕留めることができたが、フェイスが弱いとは微塵も思っちゃあいない。

 奴らはアルトたちを目標に定めていて、攻撃の準備態勢に入っていた。そこを俺たちが不意をついて一気に攻勢をかけたに過ぎないのだから。

 いかな強者といえども、無防備な隙を突かれれば一たまりもないってことだ。

 逆に言えば俺たちだって同じように奇襲されちゃうとタダじゃあ済まない。油断こそ最大の敵ってわけだな。うん。

 

 おっとこうしちゃおれん。

 ドラゴニュートの様子を確かめねば。怪我してなきゃいいんだけど……。

 

「無事か?」

「余計なことを……」

「ちょっと、アルト。横取りされちゃったかもだけど、助かったわけだし」


 広場に出て、ドラゴニュートに語りかけたつもりがアルトと魔法使いの女が割って入ってきた。


「別に君たちを助けようとしたわけじゃない。アルトなら倒せちゃったんだろ?」

「ぐ、お前……」


 厭味ったらしく片目をつぶると、アルトはぐぐぐっと両手を握りしめ悔し気に舌打ちする。

 彼は動物愛のない嫌な奴だが、自分の強さを磨くことに関してはストイックだ。それ故にフェイスが一体ならまだしも三体同時なら無謀だったと理解しているだろう。

 だけど、彼の高すぎるプライドが俺への感謝ではなく別の感情が生まれているってところかな。

 正直、彼のことはどうでもいい。

 

「わおん」


 別にアルトに対して憤ってなどいなかったのだけど、優しいギンロウは俺の心を鎮めようと足元でお座りしはっはと舌を出す。

 可愛い奴め。

 

「ギンロウ、よくやったな!」

 

 彼の頭と顎下を思いっきり撫でまわし力一杯褒めたたえる。

 もふもふして最高の手触りだ。

 俺たちの様子を見ていた魔法使いの女が握りしめる杖を小刻みに震わせながら訪ねてくる。


「あなたの獣魔なの? まさかワイルドウルフじゃあないわよね」

「『あなたの』か。そうだな。俺の愛すべき相棒の一人だな」

「何言っているんだ。テレーゼ。こいつはワイルドウルフのわけないだろう。見てみろ、足元を」


 アルトが偉そうに講釈をたれ、ギンロウの脚を指さす。

 白銀の毛並みにリングのようにかかった青い炎のような模様。

 ほう、アルトにしては目の付け所がよい。進化したら、カッコよくなったんだよ。

 

「よくわからないわ。だけど、この獣魔が規格外の強さだってことは分かるわ。ひょっとしてお兄さん……」

「……こいつは恐らく伝説に聞くクーシーいや、フェンリルか……しかし……この額の模様……」


 何か言おうとしている魔法使いの女の言葉に被せるようにアルトが呟く。

 誰に話しかけるでもなく、自分の中で答えを出すようなそんな喋り方だった。

 しかし、彼は何か別の事に気が付いた様子。

 ようやくか。普通、一目みたら思い出すだろ。

 アルトはこれでもかと目を見開き、唇をかみしめ「ぐうう」と低い声を出す。


「お前、俺が捨てたワイルドウルフを育てたのか」

「ああそうさ。愛情たっぷりにな」

「アレが強くなるなどあってはならない。獣魔の能力とはそういうものではないのだ!」

「そんなわけないさ。お前は獣魔を何だと思ってんだ?」

「俺を彩る華だ。獣魔とは主人に尽くさねばならない。命をもってしてな。主の命を危険に晒したワイルドウルフは捨て置いて当然」

「こ、こいつ!」

 

 許せねえ! 俺のことはともかく、立派に育ったギンロウを見てもまだ彼を貶めるなんて。

 思わず拳を握りしめた俺の手をギンロウがペロペロと舐める。

 ……。

 そうだな。すまん、ギンロウ。こんなくだらない奴を殴ったりしたら、ギンロウの株が落ちるってもんだ。


「過程はどうあれ、俺が御するに相応しい獣魔となったようだな。どれ、俺が使ってやろうではないか」


 いけしゃあしゃあと、まるで反省の色がない。

 アルトの考え方がまるで変わらないというのなら、仕方ない。

 

「アルト。一応確認だ。さっき君はドラゴニュートを盾にしようとしていた。それは『共に戦う』獣魔とテイマーの関係性において間違っていないと?」

「当然だ。そのために高い金を払って『従属の権利書』を手に入れているのだからな」

「ふむ。考えは変わらないか」

「ふん」


 アルトは偉そうに腕を組みイライラしたように舌打ちする。

 そうだな。彼にとっては当然のことなのだろうな。

 だけど、それは。

 

「規約違反だ。君の態度を見る限り、獣魔を犠牲にしたことは一度や二度じゃないはず」

「だから何だと言うのだ」

「『従属の権利書』を所持する権限をはく奪するようギルドマスターに申告する」

「お前一人の申告で変わるものか!」

「どうだかなあ。俺はギルドマスターに依頼されて君たちに万が一のことがあったら、助けるように言われてきてたんだぞ。逐一ギルドマスターに何があったのか報告する立場にある。それがどう言う事か分かるか?」

「……」


 悔し気な顔を浮かべているアルトだったが、まだ何とかできるとでも思っているのだな。

 その証拠に彼の目は未だギラギラと輝きを放っているのだから。

 ギルドマスターにかかれば、従属の権利書を作ったペット屋をはじめ、アルトの所業の聞き込みはすぐに完了する。

 そうなれば、彼が二度と従属の権利書を所持することはなくなるだろう。

 第二第三のペットの犠牲が生まれることもなくなるってわけだ。

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