第12話 スライム
翌朝――。
ふかふかのギンロウのお腹に埋もれた頭をあげ、体を起こす。
「ふああ」
んー。よく寝た。
修行から街に戻って屋根のある場所で休めると思っていたらこれだよ。
だけど、ギンロウまくらは寝心地最高なんだぜ。彼と一緒なら雨さえ降っていなければ、外で寝るのもそれほど苦じゃない。
もっとも……食事は街に比べると、かなりアレなんだけどね。
なんて文句を言っていたらキリがない。
状況はといえば全く問題ない。
というのはギンロウの反応が無かったからだ。彼が察知していないということから、アルトたちはまだ動き始めていないと分かる。
ギンロウには劣るかもしれないけど、俺より気配探知に優れたロッソもギンロウの頭の上ですやすやと眠っているものな。
眠気眼を擦っていたら、不意にギンロウが伏せたまま頭だけをあげる。
彼の動きに合わせ、ロッソがゴロンと彼の頭から首へ転がってしまうがモフモフの背中にぽすんと収まった。
「動いたのかな?」
「わおん」
仕方ねえ。朝食は歩きながらかなあ。
俺たちが寝過ぎたのか彼らが早いのかなんてくだらないことが頭をよぎる。
ってよく見てみたら昨日のファイアバードもちゃっかり俺たちの近くでお休みモードじゃないかよ。
モンスターだけどこいつ一応鳥だよな……鳥ってのは朝日と共に目覚めるイメージなんだけど、ファイアーバードはお寝坊さんらしい。
この個体だけかもしれないけど。何しろファイアーバードは個体差が激しいと聞くからさ。
◇◇◇
ほうほう。真っ直ぐに目的地に向かうようだな。
当然と言えば当然か。彼らの目的は遺跡の探索じゃあない。モンスターの討伐なのだから。
依頼書の裏面に描かれた地図と現在位置を確かめつつ遠目に映るアルトらの背中を追う。
しっかし、汚い地図だよ……マスター。
俺たちがアルトたちを追う時にも、脱出する時にも地図があれば大きな助けになる。
なので、マスターが気をきかせて依頼書の裏面に地図を描いてくれたこと自体には感謝しているんだけど……
マスター……もう少し丁寧に描くことはできなかったのかよ!
分かり辛いったらありゃしねえ。
ええと、地図によると広場の跡地にある円形のモニュメント下か。
お、アルトたちが地下へ降りて行った。
続いて俺たちも円形モニュメントまで辿り着く。
ほほお。この円形モニュメントは元々噴水だったんだろうか。中央には半ばから風化した台座跡に見えなくもない石柱が立っている。
石柱の右にぽっかりと穴が開いていて、ここから地下へと入ることができるってわけか。
マスターの地図にも「入口」と雑に描かれている。
「よし、入ろう。ギンロウ。中は薄暗いんだけど真っ暗ってわけじゃない不思議な空間になっている」
「わおん」
「くあー」
ってお前まで来るのかよ!
機嫌よく鳴くギンロウをよそに、我が物顔でファイアバードがリュックの上に乗っかった。
そこはロッソの定位置じゃないのかって?
確かに、ロッソの「お休みの時の」定位置だ。道すがらリンゴを食べたロッソは腹ごなしにちゃんと自分で歩いている。
ので、リュックの上は開いているんだけど、ファイアバードが留まるには少し狭い。
俺の後頭部をもろに圧迫している……。鳥の腹って案外暖かいというか、暑い! ファイアバードの体温は高いようだ。
見た目からして熱そうだもんなあ。赤色だけに。
「……まあいいや。ギンロウ、外との戦闘と違って天井も壁もある。空気の流れやにおいも異なるから気をつけてくれ」
ギンロウの横に並び、彼と一緒に穴を降りていく。
先行するのはロッソ。
彼は真っ暗闇でも平気な第二の目を持っているからな。
それは蛇など一部の爬虫類が持つピット器官と呼ばれる熱感知に似た能力だ。
ロッソの場合、通常の視覚にも優れているから俺やギンロウと比べ物にならないほど知覚能力に優れる。
ギンロウはギンロウで、犬以上の優れた嗅覚を持つ。これはこれで凄まじいんだよね。一キロくらい離れていても獲物を見つけることができる。
「アルトたちも走って中を進むわけじゃない。目的地までは一時間以上かかるだろうし、ノンビリ行こう」
『途中でおやつタイムが必要だナ』
ちゃっかりしているロッソであった。
目的地は地下三階らしい。途中分かれ道がいくつもあるけど、マスターの地図には正解の道以外描かれていない……。
逃げることを想定するならさ、正解以外の道に行くこともあるだろうに。行き止まりの情報とかも欲しかったよ。
いや、そこは心配ないか。ギンロウとロッソがいれば行き止まりも感知できるし、動き回って場所が分からなくなっても外がどこか道を示してくれるはず。
◇◇◇
遺跡の地下に入ってからも、マスターの示した道と同じルートを辿るアルトたちと彼らを追跡する俺たち一行。
ひょっとしたらマスターは、アルトたちにも汚いマスターマップを渡しているのかもな。俺としては助かるのだけど、別れ道があっても見向きもしないってのはある意味尊敬する。
道の影に何が潜んでいるか分からないし、マスターの示したルートが間違っているかもしれないもの。
後者については、違ったら戻ってまた探索し始めればよいので、大した問題じゃあない。むしろ、マスターが地図を描けるということは、少なくともこの道を通った人がいるわけで、罠の危険性がない。罠というのは、他の冒険者や野盗の類が仕掛けたものじゃあなく、古代遺跡に元からある罠のことだ。
今となっては滅多に罠に出会うことなんて無いと聞く。そらまあ、遥かな昔からここを探検している人がいるのだから、当然と言えば当然か。
さてと、もうすぐ地下二階か。
アルトたちのバトルも終わったみたいだな。地下へ続く階段前の踊り場に大きなコウモリが彼らに襲いかかってきてたんだ。
彼らのうち戦士らしき男が剣を振ってコウモリらを仕留めていた。他の三人は動かずだったな。魔力を温存したいとかそんな理由だろ。
コウモリは男の一撃で倒されていたし。
「それじゃ、俺たちも行こうか」
『後からは楽でよいナ』
そう、その通り!
先にアルトたちがモンスターを払ってくれるから俺たちは安全安心ってわけだ。
はははは。
よし、アルトたちは行ったな。じゃあ俺たちも行くとしますか。
倒されたまま地面に転がるコウモリをロッソが大回りに避けながら階段に向かう。
後ろを行く俺もコウモリを踏まないように注意しつつ、ゆっくりと歩く。
ぽよん!
その時何かが膝裏に激突して、バランスを崩しそうになる。
ぐちゃ……。
「あ、ああああ。踏んでしまった……」
いやあな生々しい肉の感触がハッキリと脚裏から伝わってきた。
革靴越しでも分かるもんだね。
『どうしタ?』
「わおん?」
二人は俺が躓いたことに対し気遣いしてくれるが、膝裏にぶつかってきた何かには反応を示さない。
そもそも危険な何かが潜んでいたら、もっと早く二人は警戒を示す。
小動物か何かかな?
それにしては妙な感触だったけど……。
「スライムか……」
俺にぶつかってきたのは涙型のぷよぷよ生物だった。
色は暗いのでハッキリと分からないけど、恐らくイエロー系。
大きさは両手に収まるくらいってところ。
確かにこのスライムだったら危険は全くないなあ。このサイズなら、小動物の死骸やらを餌にしていると……あ、そういうことか。
コウモリを食べにきたんだな。
「たんと食べてくれ。じゃあな。スライムくん」
ひらひらとスライムに向けて手を振ると、彼はぴょんぴょんと跳ねるのだった。
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