第3話 見逃してしまった

 港街アマランタは人口30万人を誇るこの地域一番の街だ。都市国家の集合体「商業都市国家連合」の一つで、王もおらず自由な雰囲気が漂っている。

 「都市の空気は自由にする」という言葉にも表れているように、都市国家の特徴は貴族政治の制限から外れた「商業的自由」なところが特徴なんだ。

 俺はこの街に生まれてよかったと思っている。

 隣の王国なんて、農業従事者は引っ越しの自由さえないからな。自由がある分、ちゃんと稼がないと露頭に迷ってしまう。

 といっても、よっぽどのことをしない限り職にあぶれるなんてことはないけどさ。

 

 俺が入ってきた門は街の東部にあたる。西部は三日月型の湾になっていて西北部にででんと石造りの港があって、隣接するようにいくつもの倉庫が軒を連ねているのだ。

 港には大小様々な船が入港していて、遠いところからいろんな商品が日夜この街へ運ばれてきている。

 

 俺が入った東門からは大通りが伸び、左右に沢山の商店が所せましと並んでいた。

 目指す場所は大通りを真っ直ぐ進み、大通りが十字に交差する中央大通りだ。

 まだ昼下がりという時間帯だからか、人通りは多く露天に立つ店員さんの声がところかしこから飛び交っている。

 これだけ人が多いのだったら、ギンロウがはぐれないか心配だな。

 だったら。


「ロッソ、やっぱり先に冒険者ギルドへ向かうことにしようか」

『ギルドの二軒先。先にそこダ』


 こ、こいつ、細かいところまで覚えているなあ。

 青果市場からは外れているけど、ロッソの言う通りギルドの二軒先には露店が出ていることが多い。

 常設ではないんだが、この時間ならきっと営業しているはず。

 

 大通りから右手に曲がって、野良猫たちに挨拶しながらもずんずん進んで行く。

 時折、ギンロウに注目する人がいるけど、「大丈夫ですよ」と安全をアピールしつつ先を急ぐ。

 今のギンロウの状態は「野良」だからな……万が一にも騒ぎを起こしちゃあまずい。

 だから、俺から離れないようにギンロウの様子を見守ることを忘れずに歩いてきたんだ。

 

 お、予想通りというかロッソの鼻が利くというのか、露天がちゃんと開いていた。

 露天には色とりどりのフルーツが所せましと並べられ、宝石箱のようだ。

 

「おばさん、ブドウとオレンジをください」

「あいよ。おまけして40ゴルダだよ」

「ありがとう」


 包みを受け取り、お金を手渡す。

 さっそく包みに対し、細い舌で果敢にアタックするロッソを無視して冒険者ギルドへ急ぐことにした。

 ここじゃあ、食べられないだろうに。

 だけど、長くはもたない。包みの耐久力的に……。


 ◇◇◇

 

「すまん。先にテーブルを借りちゃって」

「まだ時間も早いから大丈夫だよ」


 冒険者ギルドの受付の少女に向けペコリと頭を下げる。

 ギルドについたところで、ロッソが包みの防壁を突破してしまった。

 転がり落ちそうになるオレンジを支え、打ち合わせ用のテーブルを一つ拝借したってわけなのだ。

 できれば隣接しているギルドの食堂まで行きたかったんだけど、仕方ない。

 うまそうに食べやがってまあ。俺もこの後すぐに食事にするからな!

 今日はそうだな。カタリナのところでクソ辛いものが食べたい気分だ。

 「酔いどれカモメ亭」ならペットの同伴も大丈夫だしさ。

 ぐうう。

 食事のことを想像したら腹が減ってきた。


「わおん」

「そこでそのまま座って待っててくれよ」


 舌を出してはっはとするギンロウをロッソのお目付けにして、受付カウンターに腰を下ろす。

 座った席は、先ほどの金髪ショートの少女の向かいになる。

 

「ミリアム。早速だけど、『権利書』の登録をしたいんだ」

「うん。あの子かな?」

「そそ。ギンロウっていうんだ」

「いい子だね。大人しくお座りしているし。でも……ううん、ノエルらしいか」

 

 ギンロウの欠けた爪に眉をひそめた受付の少女――ミリアムだったが、すぐに元の笑顔に戻った。


「爪はこの後綺麗にしてやるつもりだ。それはそうと、ギンロウはとっても利口でな! 毛並みがとても美しいだろ。銀色に稲妻の模様が入っててさ」

「はいはい。ノエルの動物好きは分かったから。また今度聞かせてね。食事はあなたのおごりで」

「お、おう……」


 黄色の羊皮紙を顔の前に突き出され、ギルドの受付嬢ことミリアムに機先を制されてしまった。

 せっかくギンロウの素晴らしさを語っているってのに。

 

「そこに、自分の名前とその子の種族と名前を記入してね。お代は1000ゴルダね」

「ええっと。ここか」


 羊皮紙には「ペット登録書兼権利書」とタイトルが入っていた。

 ロッソの時にもやったことだから、だいたいやり方は分かっている。黄色の羊皮紙である「ペット権利書」は、街でのペットの身分を保障するものだ。

 ペットが迷子になったりした時、権利書を元にペットを引き取ることができる。

 写真もなく、ただの羊皮紙でどうやって登録しているのか、引き取りの時に判別しているのかとか疑問に思うかもしれない。

 そいつは、この世界独特の術理がある。

 仰々しく言ってしまったが、いわゆる魔法ってやつなんだ。この羊皮紙には魔法がかけられている。

 さらさらっと名前を記入し、ミリアムに手渡す。

 チラッと羊皮紙に目を通した彼女は羊皮紙をカウンターの上に置き、右手の手の平を俺の方に向けた。

 

 ここで、手を握るとかいう冗談をすると、更にゴルダお金を請求されてしまうから絶対にやってはいけない。


「冒険者カードを渡せばいいんだったよな」

「うん。預かるね」


 クレジットカードにも見える銀色のプレート――冒険者カードをミリアムの手の平に乗せる。

 カードを受け取った彼女は奥の扉を開け、作業に向かう。

 

 ところがパタリと締まったかと思ったところで、再び扉が開く。

 

「ごめんね。ギンロウちゃんの毛をいただくのを忘れていたわ」

「あ、俺もすっかり……」


 この時のために、ギンロウをわしゃわしゃしていた時に抜けてしまった銀色の毛を保管していたんだった。

 小さな布にくるんだギンロウの毛を布ごとカウンターの上に置く。

 

「ありがとう。急ぎで登録をしてくるからね!」


 「ごめんね」と片目を瞑ったミリアムは再び扉の奥に消えて行った。

 「おう」とばかりに彼女へ向け右手をあげ笑みを返す。

 うお、こうしちゃおれん。ミリアムが「急ぎ」なら、すぐに。

 

「遅かった……」


 振り返った時には既にギンロウの体をぼんやりとした光が包み込んでいて、消え去ろうとしていた。

 ぐ、ぐうう。

 登録の儀式を見逃したあ。


 ガチャリ――。

 頭を抱えた時、奥の扉が開く音が響く。


「終わったわ。どうしたの?」

「見逃しただけだ……」

「しっかり登録をしてきたからね! 冒険者カードと権利書を確認してね」


 きちんとギンロウの体が光っていたから、登録漏れはまずないはず。

 しかし一応、念のため。

 羊皮紙には冒険者ギルドの朱印が押されていた。

 そして、冒険者カードはっと。

 

『名前:ノエル

 職業:ワーカー

 ランク:B-1

 ペット:ロッソ

     ギンロウ』

     

「うん、ちゃんと登録されている。ありがとう、ミリアム」

「お仕事の紹介とか、他にあるかな?」

「いんや。今日のところはギンロウの登録だけで」

「わかったわ。二度目になるけど、権利書について説明するわよ」

「うん」


 説明してもらう必要はなかったが、これが百度目だろうがちゃんと説明を受けるのが登録の手続きだから仕方ない。

 ミリアムも事務的に喋っているだけだしな。

 

「万が一、権利書を紛失した時はすぐにギルドへきてね。権利書がやぶれちゃった場合には、効力を失うから。再発行には100ゴルダかかるので注意して」

「おう」

「自分が主人だと明確に伝える場合は、冒険者カードか権利書をペットに当てて念じると書かれた文字が光るわ」

「おっけー。特に疑問点もないので、もう大丈夫だよ」

「紛失には気を付けて。このたびはご登録ありがとうございました!」


 ペコリと頭を下げるミリアム。

 よおっし、登録も終わったことだしご飯にしよう。ご飯に。

 

 んーと伸びをして立ち上がり、ロッソの様子を窺う。

 彼はブドウとオレンジを既に完食していたのだった。

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