そのテイマー、無自覚に最強につき~治療目的で作った爪で保護した狼が超絶成長しフェンリルに~
うみ
第1話 俺が必ず一人前にしてみせる!
森の中にちょっとした洞窟があってさ。そこにはルビーの原石があったんだよ。
これで夢への資金が溜まっただけでなく、当面の生活に支障がないまでになれるだろう。
俺の夢……それは、動物やモンスターと暮らすことのできる広い牧場だ!
まだ見ぬ自分の城へ思いを馳せニヤニヤが止まらなかった。
『オレに感謝しロ』
人がいい気分で歩いてるってのに、肩まで登ってきた小さな爬虫類が長い舌を伸ばし、俺の頬をぺしんとはたく。
大きさはリスほどで、クルクルまいた尻尾と愛嬌のある顔が特徴でカメレオンに似る。
愛らしいのもそのはず、彼はペットリザードという愛玩爬虫類で多くの人から慕われているほどの種族なのだから。
でも、彼は生まれながらに爪が欠けていて、俺特製の爪をつけている。
こいつは子供の時、ペット屋で見かけて爪が欠けていることから売れ残っていた。
「このままこいつがどうなってしまうのだろう」と頭をよぎったら、もう止まらかなったんだ。必死に父へせがみ、買ってもらったってわけ。
彼とはその時からの付き合いとなる。
そうそう、本来ペットリザードはせいぜい犬猫程度の賢さしか持ち合わせていない。
だけど、こいつは愛情をもって育てたからか、いつしか俺と言葉を交わすことができるようになった。
今ではどこに行くときでも一緒の可愛い相棒となっている。多少口の悪いところが玉に瑕だけどね。
「ロッソ。分かってる、分かってるって。ブドウを三粒……いや五粒で」
『一房ダ』
ペットリザードのロッソは譲らない。
強欲な奴め。だけどまあ、ルビーを発見したのはロッソのお手柄だし。
「ブドウ一房ね。街に帰ったらすぐに商店街へ行こうぜ」
ロッソは俺の説得に満足したようで肩から降り、隣をてくてくと歩き始めた。
小さいけど、ロッソの脚は存外早い。トカゲがすばしっこいのとよく似ている。
いつもの帰り道のつもりだった。
だけど、アマランタの街まであと少しというところで、とんでもない事態に遭遇してしまう。
俺と同じ冒険者に見える四人パーティが、揉めているのか立ち止まって何やら言い争いをしているみたいだった。
「ランクこそ低いが、俺に相応しい美しき毛並みを持つお前に多少は期待した。やはりというか何というか見込み違いだったな」
そう毒づいた金髪で長身の優男が、大型犬より一回り大きいくらいの犬型のモンスターを思いっきり蹴っ飛ばす。
他の三人は彼の行いを止めるでもなく、数メートル飛ばされ転がった犬型モンスターを見ている。
あれは、ワイルドウルフだな。獣魔ランクはDからCと中級
勇敢で狩りにも活躍できるよいペットだ。いけ好かない男の言葉に同意することは癪だけど、このワイルドウルフの毛並みは確かに美しい。
白銀のふさふさした毛並みは最高級のベルベットのように艶がある。中でも目を引くのが背中と額に入った稲妻にも見える黒の模様だ。
美しい。
そう思った。
悲痛な声をあげ地に転がったワイルドウルフではあったが、その美しさをまるで損なっていない。
ワイルドウルフに魅入られる俺をよそに、金髪の男はツカツカとワイルドウルフへ近寄って行き片足を振り上げる。
なんてことをするんだ!
さっきは突然のことで何もできなかったけど、このまま蹴られるのをむざむざ見守るつもりなんてない!
「やめろ!」
男の元へ駆けながら叫ぶ。
突然駆け寄った俺に虚を突かれたのか、男は振り上げた足をそのまま地面に降ろす。
「何だ? お前は? これは躾だ。この使えないワイルドウルフへのな。やはりランクの低い獣魔は使えない」
「君は
「そうだが? この美しい俺に相応しい狼だと思ったのだがな」
「テイマーが自らの
「甘いことを。そのようなものは必要ない。ご主人様に忠実で役に立てばよいのだ。役に立たぬものは」
鞭を取り出した男は腕を振り上げ、躊躇なく振り下ろした。
ピシイイイイ!
「ぐっ……」
革鎧を着ているとはいえ、中にまで衝撃が伝わってくるな。
とっさにワイルドウルフへ覆いかぶさり男から背を向けたものだから、まともに鞭で背中を打たれてしまった。
だけど、ワイルドウルフは無事だ。
「大丈夫だったか?」
ワイルドウルフの白銀の背中を撫で、笑いかける。
だけど、彼は怯えたようにぶるぶると体を揺らすばかり。
「俺は謝らんぞ。お前が勝手に入ってきたんだ」
「謝ってもらって欲しいなんて思ってないさ」
「ッチ!」
舌打ちする男に対し、仲間の三人のうち魔法使い風の衣装をまとった女が彼に声をかける。
「ねえ、アルト。やっぱり、騎竜にしといたらよかったんじゃない? そいつのせいで私たち、怪我しそうになったんだからね!」
「そうだな。俺にしては珍しく失敗だったと認めざるを得ない。こいつの方が騎竜より見た目が美しかったんだ。仕方ない。騎竜に切り換えるか」
「だったら、私も後ろに乗せてね!」
「仕方ない。テレーゼの頼みだ」
アルトと呼ばれた金髪の優男はふっと気障ったらしく髪をかきあげる。
そして彼はワイルドウルフと俺から背を向け、右手をあげた。
「どこに行くんだ? ワイルドウルフはどうする?」
「必要ない。捨て置く」
「待てよ! それはないだろ! どんなペットだって一度や二度の失敗はある。俺たち人間だってそうだろうに」
「面倒な奴だな。ワイルドウルフが欲しいのだろう? 卑しい奴め。まあ、そんな獣魔を連れているようなお前にはワイルドウルフでも高い買い物か」
「物ってなんだよ! それに、ロッソは可愛い俺の相棒だ!」
「は、ははは。こいつはお笑い草だ。そいつはペットリザードだろ? 獣魔ランクは圏外のF。モンスターの一体どころか、犬にも勝てやしない」
言い返そうとした俺の目に振り返らぬままアルトが掲げた一枚の「群青色の」羊皮紙が映る。
群青色……あれは、「従属の権利書」か。
こいつ、
だが、あの権利書が奴の手元にある限り、こいつは……。
ぐ、ぐう。
「すまん。
「好きにするがいい。『その後は保障しない』がな」
ビリビリ!
アルトが羊皮紙を破り捨ててしまった。
「グルルルルル!」
「待て。ダメだ!」
途端に唸り声をあげはじめたワイルドウルフへ覆いかぶさる。
権利書は主人であることを公に示すものだ。その中でも「
その名の通りペットを従属させるそれは、主人の命令に絶対服従の縛りを与えるものなんだ。
詳しい作りを知らないけど、どんな言葉であっても主人の命令に従うようになるらしい。
だが、先ほどアルトは従属の権利書を「破り捨てた」。
つまり、このワイルドウルフは従属のくびきから逃れたってわけだ。
余程虐げられていたのだろう。ワイルドウルフはアルトへ飛び掛からんとしている。
「かかって来ても一向に構わんぞ。ワイルドウルフ程度、一撃の元に斬り伏せてみせよう」
「私のファイアボールで仕留めてあげるわよ」
アルトの言葉にテレーゼが乗っかる。
外野の言葉なんて俺にはもう聞こえてなどいなかった。
動かぬようにワイルドウルフへ覆いかぶさった状態のまま、願うように彼へ訴えかける。
「落ち着け。俺が必ず、君を一人前にしてみせる。絶対に。絶対にだ」
「グルルル!」
愛情を知らぬワイルドウルフがここで人を襲ってしまうと、その後は想像に難くない。
何故なら、このワイルドウルフはまだとても若い。幼いうちから人が憎むべきものと思ったとしたら……。
そうなってしまったら、とても悲しいことじゃないか。
だから、抑えてくれ。
俺が絶対に、人間も悪くないもんだって教えてやる。
頼む。
その時、俺の肩からひょっこりと大きな丸い目をしたペットリザードのロッソが顔を出す。
「おい。ロッソ。あの男に『そんな獣魔』って言われたことが気に障っているのか? オレンジも追加してやるから、今は抑えて……」
『オマエ。オレを何だと思ってんダ。オマエ以外のニンゲンのことになど興味はなイ』
ペットリザードのロッソが長い舌を伸ばし、俺の頬をペシペシと叩く。
今はロッソとあーだーこーだしている場合じゃないってのに。
「ちょ」
止めることも間に合わず、ロッソが俺の肩からワイルドウルフの額に飛び乗った。
ちょうど雷の模様があるところだ。
『オイ。あの男はもいなイ。腹減ってないカ? 腹いっぱい食べたくないカ? ノエルが食べさせてくれル』
おいおい俺かよ。
ちゃっかりしているなあ。ロッソのやつ。
でも、ナイスだロッソ。
ワイルドウルフが俺とロッソに気を取られている間にアルトは立ち去っていった。
「ロッソの言う通り、君が憎むあの男はもういない。手を離してもどうか動かないでくれるか」
ワイルドウルフの首元へ手を当てようとしたら、「ううう」と低い声で威嚇してくる。
真っ直ぐにワイルドウルフの黄金の瞳を見つめ、微笑みかけた。
撫でているつもりなのかロッソはロッソでペタペタと小さな前脚を上下させ、ポスポスとワイルドウルフの毛皮へ前脚を埋める。
しばらくそうしていると、ワイルドウルフの体から力が抜けた。
そこへすかさず、ポーチから取り出した干し肉をワイルドウルフの口元へ持っていく。
余程腹を空かしていたのか、ワイルドウルフは先ほどの警戒が何だったのかと思わせるくらいすぐに、干し肉をむしゃむしゃと食べ始めた。
食べ終わる前に次の干し肉をワイルドウルフに与え、一心不乱に食べている彼の体を観察する。
幸い外傷は軽微なものだな。打撲はあるかも、骨が折れてなきゃいいんだけど……。
「わおん」
「おお。あと一つだけならあるぞ。ほら」
持っててよかった携帯食。冒険にはトラブルがつきものだから、最低一日分の食糧は持ち歩いているんだ。
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