第14話 朝日の中の決闘
◆
決闘は朝の早い時間に行われるので、その前日には早く休み、早朝に旅籠を出た。
長屋へ行ってみると、引き戸越しにミツの声が聞こえた。どうやら父であるヒロテツを押し留めようとしているようだが、見ている前で引き戸が開き、上品な着物を着て大小を帯びたヒロテツが出てきた。
「おはよう、スマ殿」
頭を下げると、ヒロテツの横を軽い足音が走り抜け、肩を掴んできたのはミツだった。
「父を止めてください、スマ様。決闘などもう時代遅れです。父はもう剣を振れません。このままでは死んでしまいます」
真っ当な意見だ。どこにも間違いのない、正論だ。
殺し合いをする道理はないし、ヒロテツはすでに衰え、身体は不自由で、自殺しようとしているとしか思えない。
ただそれが剣士の定めでもある。
黙っているのに目尻を吊り上げ、ミツが叫ぼうとした。
「これが剣士の道だよ。ミツ、知っているだろう」
ヒロテツの言葉にも彼女は振り返りもせず、こちらをまっすぐに見据えていた。
「スマ様、父を止めてください、どうか、どうか!」
「ミツ、困らせてはいけないよ」
「父上は黙っていて! 私はこんなこと、許しませんから!」
「それくらいにしなさい」
その声は、長屋の建物の方からだった。今度ばかりはミツも振り返った。その手が震えているのが、今は彼女の手が着物の袖を掴んでいるので、はっきりと伝わってきた。
「兄様、なぜそんなことを言うのですか!」
「父上の生き方を否定するのか? ミツ。私とお前だけは、父上の味方にならなくて、どうするのだ?」
その一言はミツには重かったようだ。肩を落とし、すぐにその肩が震え始める。最後には涙を見せて、しかし声を上げる前に長屋の部屋の奥へ駆け込んで行った。
入れ違いにタルサカがやってきて、「見届けてきてください」と頭を下げた。
「ご自身は行かれないのですか、タルサカ殿」
「父が死ぬところも、殺すところも、見ることはできません。とても、耐えられません」
なるほど、それが普通だ。
承りました、と返事をすると、それを待っていたのだろうヒロテツが足を送り始めた。
片足を引きずるので、歩く速度は遅い。明け方の静かなイチキの街を、ゆっくりと進んでいく。
「何か作戦があるのですか?」
「できることは限られています」
そのヒロテツの言葉は、作戦がある、ない、という次元ではないのだと、感じさせた。
自分の限られた技に生死をかける。そんな覚悟が感じ取れた。
やがて大通りの前方にオリカミ屋敷が見えてくる。すでに人が何人かいる。幕も張られていた。
正門前の広場のようになったところへ出てみると、まずマサジの姿がある。しかし彼より手前に、初老の男性がいる。立派な服装をしているし、マサジと顔つきが似ているので、血筋が同じなのかもしれない。
オリカミ家の配下らしい足軽風の男が四人ほど、その周囲にいる他は、決闘の当事者であるノヤ、そしてハカリがいる。あとは名前も知らない男が四人。その中にいつかの酔漢、リイがいるのは、意外だった。
しかもそのリイが一番、マサジに近い位置にいるとなれば、リイを雇ったのはマサジか。
リイはどう思っているのか。彼の目的のヒロテツにノヤが挑むのを前にして。
「お久しぶりです、マサエイ様」
そう言って膝をついてヒロテツが頭をさげると、マサジの前にいる年老いた男性が鷹揚にうなずいたのが気配でわかる。ヒロテツのすぐ横で同じ姿勢を取ったので、実際にはわからないが、そんな空気の揺れを感じた。
しわがれた声が投げかけられる。
「ヒロテツ、死神が見えるか?」
マサエイと呼ばれた男性の言葉の意味は、よくわからない。
何かしらの共有している比喩だろうか。
「死神はすぐそばにおります」
「以前もそう言って、相手を切ったな。その技、また見たいものだ」
短い返事の後、すっとヒロテツが立った。こちらは名乗るようにも言われていないが、ノヤにおけるハカリのような立場だと考え、ハカリがノヤの背後に控えるように、ヒロテツの背後に移動した。
ヒロテツとノヤが向かい合い、特に合図もなく二人が構えを取る。
剣を抜かず、お互いが居合の姿勢。
マサエイという老人が扇子を広げ、扇ぎ始める。二人の剣士はピクリとも反応しない。
見ていれば、ヒロテツの剣術の本質は簡潔で、まっすぐなものだと推測できる。
不自由な腕、不自由な足、不自由な目、この三つを補うとすれば、何よりも一撃で仕留めることが重要になる。相手の攻撃を受けること、しのぐことは、極端に難しいが、最初の一撃で勝負が決着すれば、そんな受けは不要になる。
ただ、ノヤもわかっているだろうし、彼の居合は腰が決まっていて、速度があるのはその構えでわかる。
純粋な速さ比べになるだろうか。
ノヤから攻めてくることがあるか、そこが不確定だ。
ヒロテツは相手の動きに合わせたいだろう。
時間だけが過ぎていく。誰も一言も発さず、身じろぎもしない。ただマサエイだけが扇子をパタパタとやっていた。
どこかの商店だろう、戸を開くような音が聞こえる。荷車の両輪が土を噛む音も遠くから微かに聞こえてくる。たまたま遭遇したらしい町人が、遠巻きに二人の剣士を見て、中にはどこかへ駆けていくものもいる。人を呼びに行ったのかもしれない。
ジリッと、ノヤが動く。ヒロテツも間合いを調整する。わずかに前に出た。
まだお互いの刀の間合には広すぎる。
お互いが居合の構えなのだ、一撃で決めるつもりのはず。それはヒロテツの方に重くのしかかる要素か。彼には次がないのだから。
すっとノヤが大きく踏み込み、間合いがぐっと狭まった。
なんだ?
不自然だった。動きが大きすぎる。何より、ヒロテツの間合に踏み込んでいる。
そんな迂闊なことをするか。
次の一瞬。
ざっと砂が舞い上がった。
目潰し。
ヒロテツが半歩、後退する。姿勢が乱れている。
思い切ってノヤが飛び込む。
鞘が涼しげな音を立て、刃が走った。
何かが飛び散り、地面に落ちた。
(続く)
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