第3話

「こういうことってな、しょっちゅうあって。あ、こういうことってのは、店員に対する嫌がらせね。そのたびにいづみがキレて客をボコるから、飯塚さんが頭痛めててさ」


竹内は何一つイラストもロゴもついていない、真っ白いだけの分厚いマグカップに口をつけた。


「で、仕方なく。ボコるのをやめさせるための策。これでもう二度とうちの店には来ないだろ。来てもこの画像を相手に送りつけると黙るからな」


階上から怒鳴り声が聞こえた。


モニターを切り替えると、いづみは箒を手にコンビニ前に座り込んだ痴漢万引き男を叩き出そうとしている。


「あぁ、店長ロボ作動だ」


そう言いながらも、司令台のマイクを口元に寄せる。


「おい。今から店長出すからお前は引っ込め。他にやることあんだろ」


突然の頭上からの声に、男の方が驚いている。


誰の顔を模倣したのか分からないが、中年男性の顔をしたロボットが地上階へ送られた。


「豪腕弁護士モード作動」


代わりに入ってきたいづみは、表情こそ変わらないが怒っているようだった。


「よけいなことしないで」


「これだから飯塚さんのいない日は困るんだよ」


店の先では、腹を立てた男がアンドロイド店長に向かって拳を振り上げる。


だがそんなことでロボットはビクともしない。


一方的に支離滅裂なことをまくし立てる男に向かって、店長も一方的にまくし立てる。


人通りは元から少ないが、通りかかる人々の視線が痛い。


「何時間でも相手してくれるからな。その間に客も店に入って来にくいし、まぁ便利だよね」


そう言いながら竹内は、相手の男を顔認証で身元確認している。


「うちのブラックリスト入り」


性別、住所、年齢から学歴及び職歴、家族構成結婚歴妻子の有無まで、ここでは全てお見通しだ。


「個人情報」


「最高だね、何も知らないって。ある意味平和な奴らだよ」


「くだらないことやってないで、自分の仕事をしなさい」


いづみの、顔は怒っていないけど声は怒っている。


「ほら、出動命令がきたわよ」


警報ランプが光った。


緊急を要する指示ではないが、現地調査を要求されている。


「これは、前の現場の近く?」


自走する自販機が暴走した、廃路寸前のバス停から3キロも離れていない。


「飯塚さんが見に行った現場だ。隊長から俺たちだけでの出動に、GOサインが出たみたいだな」


その飯塚さんは今日は、本部からの特命を受けた仕事のため出張中らしい。


「仕方ないわね。行くわよ」


いづみの肩に、R38は飛び乗った。


「え、上のコンビニは?」


「そのためのアンドロイド店員なんだから」


いづみと竹内をコピーしたアンドロイドが、地上へ送り込まれる。


「そうね、磯部くんのも作らなくちゃね」


ドレスコードのついている出動命令なんて、初めて見た。


「カジュアル」となっているのだから、自分の私服でいいのかと思ったら、そうではないらしい。


「お前にもし万が一のことがあれば、その服の切れ端がお前を見つける手がかりになる」


何を言っているのか深読みはあえてしないが、部隊から支給される服には、決まった位置に決まった隠しアイテムが仕込まれているらしい。


竹内の運転する支部のミニバンに乗り込む。


これだって普通の車じゃない。


いづみは当たり前のように後部座席に座り、俺は少し考えてから助手席に乗った。


その真っ黒な特殊車両は、郊外へと向かって走り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る