第5話

「うん? これはただ事ではすまなさそうだな。広域防衛態勢を整えろ」


飯塚さんの一言で、地下に緊張が走った。


「人手不足なんだ。さっそく実戦ってことでよろしく」


竹内の隣に座らされた俺は、見慣れた日本語106キーボードを見下ろす。


この106のキーで、この世界の全てをコントロールするんだ。


「基地局のハックは?」


「OKです」


竹内は電力会社の制御システムに、いつの間にか侵入していた。


「停電しそうだ」


送電線の一部が、オーバーロード寸前に追い込まれている。


「目的は何かしら」


いづみの言葉に、俺は首をかしげた。


「目的? こんな田舎を停電させる目的ですか?」


彼女は俺を見上げ、クスリと微笑んだ。


「遮断システムは?」


「問題なし」


「重人、送電システムの抵抗を最大限にまで引き上げろ」


はい、と返事はしたものの、初めて見る画面に初めての操作で、どこをどう触っていいのかも分からない。


「来るぞ!」


竹内の声が響く。


「ちょ、待ってくださ……」


何の説明もされていないうちから操作を任されたって、分かるワケないだろ!


「重人、ここだ」


飯塚さんの手が、俺の背後から伸びた。


タッチパネルのレバー表示に指を押し当て、それを引き上げる。


その指の動きが止まった瞬間、大型ディスプレイに複雑なプログラムの実行状態が映し出された。


それは一瞬の出来事だった。


自販機のエリアで、電力の供給がストップする。


その0.0018秒後には、都内への電力供給システムが遮断された。


そのわずかな瞬間の隙をついた高圧電流は、一気に120kmを駆け抜ける。


駆け抜けた電流の痕跡を示すように、停電地域を示すラインが黒く帯状に伸びていた。


「復旧補助システム作動」


飯塚さんの指示に、竹内の指はキーボードの上を芸術的なまでに細かく飛び跳ねる。


焼け焦げた電線の一本を残して、瞬く間に電力が復旧していく。


華麗なる高速ステップに合わせ停電発生から5秒が経過した時には、電力供給は山奥の発生エリアを除き、全てが日常に戻っていた。


「R38を飛ばせ」


「了解」


カラスは素直に、ぴょんといづみの肩から飛び降りた。


排気ダクトのようなところから外へ飛び出す。


部隊占有の偵察衛星を操作して、件の自販機が映し出された。


「回収に行きますか?」


竹内の言葉に飯塚さんはうなずく。


「そうだな、俺が行こう。君は重人と一緒に、システムチェックと復旧の確認を頼む」


「了解」


俺が振り返った時には、飯塚さんは電力会社のロゴマークが入った作業着姿に変わっていた。


「行ってくる」


メインディスプレイに、翻訳機を背負ったR38の姿が映し出された。


自販機から伸びた電線をついばんでほどいている。


その傷跡が、まさに鳥害の痕跡となった。


焼けた電線の交換を別の部署に依頼し終えた竹内は、俺を振り返る。


「さて、今回動かしたシステムの説明から始めようか」


発生現場からまっすぐに伸びる焼けた電線は、とある場所へと一直線に向かっていた。


「ここに何があるんですかね?」


こんな事件をわざわざ起こす、犯人の目的が分からない。


「この先のエリアに、何があるのかって?」


竹内はフンと鼻で笑った。


「そんなことも気づかないのか。東証のメインサーバーだよ。そこに停電を起こして、システムダウンを狙ったんだろ。よくあることだ。じゃ、まずは各公共施設へのアクセス方法を説明するぞ。真相は自販機を回収して、中の動作解析が終わってからだ」


「そんなことが出来るんですか?」


流す電流に、指向性を持たせることが可能なのか? 


焼け焦げた自販機から、まともにデータを得られるとは思えない。


「出来ないじゃなくて、やるんだよ」


竹内はにやりと笑う。


「俺たちにとって、これが日常だ」


ナンバー08磯部重人、つまり俺の新人教育が始まった。

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