第3話

『みんなが待ってる』と言ったわりには、もう食べ終わった食器が並んでいるだけだった。


俺がそこに腰を下ろすと、父は遠慮がちに「おはよう」と声をかけてくる。


仕事に出かける姉の洗面所で使うドライヤーの音が、茶の間にまで聞こえてきた。


「全く、カネかけて大学院にまで行ったって、なんの意味もないじゃない、引きこもりなんかされちゃったらさぁ。どんな大企業に就職するのか、楽しみだったのにぃー。ね、母さん!」


「美希、そんなこと言わないの!」


「聞こえるようにワザと言ってるに決まってるじゃない。ね、重人!」


ひょこっりと姉貴が顔をのぞかせる。


ここで文句を言うと話しが長くなるので、黙っておく。


慌ただしく仕事に出かけていく父と姉を見送る頃には、俺は用意されたみそ汁と白ご飯のほとんどを胃に流し込んでいた。


「ごちそうさま」


「今日もどこか出かけるの?」


「いや」


「そう。母さんはこれからパートに行くから」


「知ってるよ」


いつも何か言いたげな母と、遠慮がちな父と、一切の妥協なく自由奔放に生きている姉に、俺はいつも振り回されている。


「じゃ、出かけてくるわね。お留守番、よろしくね」


時折母の見せるその淋しそうな横顔だけが、唯一俺の決意を砕きにかかってくる。


「いってらっしゃい」


そんな母を玄関まで見送った。


「ニートか……」


しかしここで折れてしまえば、この数年の努力が無駄となり、姉の言葉は本当になってしまう。


警視庁公安部総務課から独立機関となったサイバー攻撃特別捜査隊。


そこに数年前から秘密裏に設置された極秘部隊、それが警視庁サイバー攻撃特別捜査対応専門機動部隊だ。


入隊希望者本人の身辺調査は厳密に行われ、家族にもその職務を知られてはならない。


だからこそニートとして社会的空白期間が必要なのであり、その間の言動も問われているのだ。


俺はニートだ。


だが、ただのニートではない。


これは世を忍ぶ仮の姿なのだ。


家族全員が出払ったのを見届けると、俺は自室に戻った。


届いたばかりのグロテスクな人形を手に取る。


その青い目をじっと見つめた。


この人形は、渡されたアニメに登場するキャラクターアイテムだ。


主人公を陰から支える案内役を務める。


アニメでは左目が赤のオッドアイだが、この人形の両眼は紺碧だ。


深紅であるはずの眼に指を押し当てる。


案の定、それはカチリと音を立てると、フッと浮き上がった。


引き抜かれた眼球の先には、USBが装着されている。


ウイルスチェック用に独立させてある検査用PCに接続する。


問題はない。


これはやはり、部隊から送られて来た何かのシステムなんだろうな。


だけど俺にはまだ、これが何の役割を果たすものなのかは分からなかった。


そのUSBを再び人形の眼に戻す。


改めて、2枚目のディスクから取り出したプログラムコードの設定に取りかかった。


脳が沸きだすほどの労力を費やしているうちに、ふいに画面上にマップが表示された。


これはプログラムが正常に作動し始めたという証だ。


「なんだ? ここに行けってことか」


写し出された画面に目をこらす。


家から歩いて数分の地点が、そこに示されていた。

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