第46話 全てがカッコいい
彼に元気が無いもう一つの理由……
これは『前の世界』でもあったことだけど、『この世界』でも彼にとっての悲劇はあるんだなぁ……
それは文化祭終了後、私達が四年一組のクラスに戻った時に起こる。
私達が帰っていきなり大石君や村瀬君、森重君、田尾君などから、演劇について絶賛された。
特に私の『アドリブ』に対しては久子を中心にとても褒めてくれて私は恥ずかしさもあったけど正直嬉しくもあった。
まぁ、久子としては私のあの『アドリブ』というか『突っ込み』のお陰で彼に抱き着いている立花部長の手が離れた事が嬉しくて褒めてくれているのだけど……
しかし、彼がウサギ役を演じたことは話をしているけど、いくら待っても鳥の王のことを誰も言ってこない。というか彼がウサギと鳥の王の二役をしたことすら彼等はわかっていないような様子であった。
挙句の果てに
「高山のスズメは良かったよなぁ。あれだけ長いセリフをよく覚えたよなぁ」
「セリフの最後に言う『チュン』ってのが面白くて良かったぞ」
と、高山君を絶賛する言葉が教室中を駆け巡らせていたのである。
照れくさそうにしている高山君に対し、クラスのマドンナ久子からは、コウモリの住む洞窟を訪ねて行った場面がちょっと感動したと言われ、更に高山君は照れている。
そんな様子を苦笑いしながら見ている彼が私は気の毒になり私から彼の二役について話そうと思った瞬間、彼が自からみんなに話し出した。
「あ、あのさぁ……? 鳥の王も俺がやっていたのはみんなわかっているよね?」
恐る恐る彼がみんなに問いかけると、
「 「 「えっ!? 鳥の王?? 隆が??」 」 」
予想通り、周りにいる全員がそう答えるのであった。
「えっ? 鳥の王も五十鈴君が演じていたの? わ、わからなかったわ。舞台の明かりが少し暗かったし、鳥の王の顔は王冠で隠れていたし……あれ、本当に五十鈴君だったの!? 私全然、気付かなかったわ……それなのにさっき体育館の中で五十鈴君にウサギ役のことばかりお話していたし……本当にゴメンね!?」
久子が申し訳なさそうな表情で彼に詫びた。
「ハ、ハハハ……そうだよな……わかりづらいよなぁ……お、俺もそう思ってたんだよ……王冠が本当に大きくて目もほとんど隠れていたしさ。実は前がよく見えなかったくらいなんだよ……ハ、ハハハハ……ハァ……」
彼が悲しそうな声でそう言うと、
「隆は俺なんかよりとても大変だったんだぞ。当日ウサギ役の五年生が病気で出られなくなってさ!! だから急に隆が鳥の王とウサギと一人二役しなきゃいけなくなったんだよ!! 今回、隆は本当に大変だったと思うぜ!!」
高山君が自分ばかり褒められているのを気にして、すかさずフォローを入れる。
だから私もフォローした。
「急なことだったから皆困っていたんだけど、五十鈴君が自ら二役するって言ってくれたから本当に助かったんだぁ……」
「へぇ!? そ、そうなんだ!? 五十鈴君、とても大変だったんだね!? でも凄いよね? 凄くカッコイイと思うわ……」
久子も慌てながら必死にフォローを入れている。
私や高山君、久子の気遣いが逆に彼を哀れに感じさせてしまっていないか少し不安な私だった。
「ハッハッハッハ!! 俺、鳥の王は田中がやっているとばかり思っていたぜ!! ハッハッハッハ!!」
あまり空気を読まない森重君がそう言うと彼と高山君が同時に、
「田中はイナゴの王だよ!! お前どこ見てたんだ!?」
少し怒り口調で言い返した。
―――――――――――――――――――――――――
そういったクラスでの出来事があり、彼は演劇部の打ち上げで元気が無いのだと私は思っている。
彼は『つ』が取れた事もあり少しでも大人になろうと思って二役を買って出たのだと私は思っている。それなのにこの仕打ちは可哀そうだなぁ……
それにしても『前の世界』と変わらない出来事と『前の世界』と少しだけ違う未来になる基準って一体何なんだろう……?
「しかし、田中が台本にない事をベラベラしゃべりだした時はとても焦ったわ!! 一時はどうなる事かと思ったもの!!」
イナゴ役を演じた轟さんが言うと同じくイナゴ役をしていた安達さんも首を縦に何回も振ったあと、
「そうよ!! あの時、福田君が機転をきかせてイナゴの王のところを『田中ぁ!!』って呼んでくれたから田中も我に返ったもんね? それでその『田中』ってのが意外と会場からも大きな笑いがとれたし本当に助かったわ。福田君ありがとね」
「ほんと、あんたにしては珍しく頑張ったわね!?」
佐藤さんが皮肉っぽく福田さんに言うが福田さんは動じずこう言った。
「実はあの時、俺もとても焦っていたんですよ。ほんと、どのタイミングで出ようか迷っていたんです。そうしたら耳元で五十鈴君が『福田さん、こうなったら田中ーっ!!って大きな声で呼んで出て行けばいいんじゃないですか? そして間違えたみたいなことを言って出て行けば、もしかするとウケるかもしれませんよ』って言ってくれて……その言葉のお陰で俺は迷いが無くなってあのセリフが言えたんですよ。だからあの場面は俺が凄いんじゃなくて、五十鈴君が凄かったんです。さすがは副部長だよぉぉ!!」
「 「 「お――――――っ、そうなんだ!? 五十鈴君凄い!!」 」 」
みんなが目を丸くし驚いた表情で言った。
私も驚いた。舞台袖で彼が福田さんに何か言っていたのは見ていたけど、まさかそういうことを言っていたなんて……
「五十鈴君は脚本だけじゃなくて演出家としての才能もあるかもしれないわね?」
女優志望の大浜さんが大人びた口調でそう言うと彼は恥ずかしい時の癖である頭をポリポリと掻いている。
「そ、そうだったのか!? あの時、僕が気持ちよくセリフを言っていたのを止めたのは五十鈴の仕業だったんだな!?」
田中君が怒り口調で彼に言い出すと、
バシッ! と田中君の横にいた順子が頭を叩いた。
「いてっ!! 岸本さん、何するんだよ? い、痛いじゃないかっ!! ぼ、暴力反対だーっ!!」
「田中!! ほんと、あんたってバカよね!? 五十鈴君の思い付きが無かったら演劇が台無しになるところだったのよ!! もうあんたは演者をするのは無理ね。セリフも棒読みだしさ!!」
「 「 「ぼ、棒読み……プッ……」 」 」
棒読みという言葉が田中君以外の演劇部全員のツボに入り教室中爆笑の渦になってしまった。
田中君はそれを一人不服そうにしながら椅子に座りジュースをやけくそ気味にぐびぐび飲みだした。
「いずれにしてもみんな本当にお疲れ様。とても良い思い出ができました。本当に本当にありがとう……」
立花部長が場を締めるような感じで挨拶をするのであった。
こうして演劇部の打ち上げが終わり全員下校する。
私は下校途中で順子や高山君と別れ、彼と二人で帰り道を歩いている。
彼はすっかり元気を取り戻したみたいだ。
すると突然、ヒューっと冷たい風が吹いて来た。
「うわっ、なんだか寒くなってきたよね?」
「そうだなぁ……冬が近づいているんだろうなぁ……」
彼はそう言うとパーカーを脱ぎ私に『はい』と渡してくる。
「えっ?」
「寒いんだろ? 途中まで俺のパーカーを着ていろよ……」
「で、でも五十鈴君だって寒いんじゃないの?」
「お、俺は大丈夫だよって……は、は、はっくしょん!!」
「ね? パーカー着ていた方が良いわよ……クスッ……」
「ハハハハ、せっかくカッコつけようと思ったのにさ……何か俺、逆に恥ずかしいところを石田に見られた感じだよな?」
「そ、そんなことないよ。私に気をつかってくれてありがとね?」
アナタは私にとって全てがカッコいいんだよ……
帰り道は少し寒いけど私の心はとても温かくなっていた。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
これで立花部長達、六年生は事実上引退となります。
隆も元気を取り戻し、安堵する浩美。
そして彼との帰り道、外は寒いけど心は温かくなる浩美。
全てが大好きな彼が横にいるから……
そして年が明けると三学期……
浩美にどんなストーリーが待ち構えているのか?
どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆
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