第33話 本気を出す?

「浩美、大丈夫!?」


 順子がそう叫びながら私に抱き着いて来た。


「じゅ、順子……大丈夫だけどさぁ……あまり強く抱きしめられると怪我をしている足に響いちゃうわ……」


「ご、ごめん……」


「フフ、別にいいのよ。心配してくれてありがとね」


 順子の表情は『勝負モード』からいつもの優しい『親友思いモード』に切り替わっていた。そんな順子を私はとても愛おしく思い、私からもギュっと抱きしめる。そして、


「私の心配をしてくれるのは嬉しいけど、順子も走っている時に足を挫いたんじゃないの?」


「えっ!? バ、バレてたの!?」


「当たり前じゃない。私は順子のことなら何でもお見通しなんだからね」


「ハハハ、なんだかちょっと怖いけど……でも浩美にバレてたのなら私の演技もまだまだだなぁ……」


 順子は少し残念そうな表情をしているが口元は笑っていた。


 そして私の周りに一緒に頑張った久子、新見さん、夏野さんの三人も心配そうな顔をしながら集まって来た。


「石田さん、早く怪我の治療をした方がいいんじゃない? 一緒に行こうか?」


 新見さんがそう言ってくれたけど、私は『男子のリレーが終わってから保健室に行くから』と言って断った。


 すると久子が私の耳元で、恨めしそうな声でささやく。


「浩美、五十鈴君に頭を撫でられて羨ましいなぁ……なんだか二人が『恋人同士』に見えたわよ……」


「えーっ!? ひ、久子何を言っているのよ!? 私達まだ四年生なのよ。恋人なんてあり得ないし五十鈴君は泣いている私を慰めようとしてくれただけで、別に何でも無いからね!! ほ、本当よ!!」


 私はいつになく焦ってしまい久子にそう言ったけど、そんな私に久子は、


「フフフ冗談よ、浩美。全然気にしていないから……ちょっぴり浩美が羨ましいと思っただけだから……つい私も転んだら良かったなぁってなんて思ってしまったけど……そんな事を思ってしまう私だから五十鈴君は振り向いてくれないのかなぁ……」


「ひ、久子……」


 私達がそんな会話をしている中、いよいよ彼達の出番が来た。


 私達の分まで一位なるという強い思いを持っている彼等一組メンバー四人はいつになく緊張した面持ちに見える。


 そして第一走者の田尾君がスタートラインに歩いて行った。


「 「田尾、頼むぞーっ!!」 」


 村瀬君や大石君が大きな声で叫んでいる。


 他の組の第一走者も同じくスタートラインに向かっていく。


 そんな緊張感の中、突然聞き覚えのある女の子の大きな声がしてきた。


「分かっているわよね、あんた達!? 三組が絶対に一位になるのよ!!」


 声の主はなんと演劇部次期部長の五年三組、佐藤さんだった。


 佐藤さんは同じ三組同士の下級生、木口達也きぐちたつや君達や平田克己ひらたかつみ君に発破をかけているみたいだ。


「達也!! 克己!! 分かっているわよね!? もし、あんた達が負けたらお姉ちゃん許さないわよ!! ここで三組が勝って次の五年男女も勝って差をつけないと六年生は男女とも一組が速いんだからね!!」


「わ、分かっているからさ……めぐねぇ、お願いだからそうガミガミ言わないでくれよぉぉ……」


 木口君が困った顔で言い返えしている。


「めぐねぇ、頼むから静かに応援してくれよ。は、恥ずかしいからさぁ……」


 あのヤンチャな平田君でさえ佐藤さんの前ではタジタジである。


 実は佐藤さんは木口君や平田君達とはご近所さんで小さい頃から実のお姉ちゃんのように彼等の面倒を見てきた幼馴染の間柄であった。


 ということで二人は未だに佐藤さんに頭が上がらないらしい。


 そんな佐藤さんが彼に気付き声をかける。


「あっ、隆君!! 隆君達には悪いけどリレーはこの子達が勝つからねっ!!」


 佐藤さんは自信満々の表情で彼に言っている。


 彼は困惑した表情で頭を掻き苦笑いをしながら、第二走者が座る位置に向かおうとしたその時、同じ第二走者の平田君が彼に話しかけてきた。


「おい、五十鈴!! お前、リレーで走るのは初めてだろ? どうせ俺に勝てるわけないんだからさ、幼稚園の時のように転んで泣いた方が良いんじゃないのか? その方が負けてもいい訳できるしさ。ハッハッハッハ!!」


 そんな嫌味な言い方をする平田君に彼は苦笑いをしているけど、私は頭に血がのぼってしまい平田君に文句を言おうとした瞬間、


 バンッッ!! という凄い音がした。


 なんと佐藤さんが平田君のお尻を蹴り上げたのだ。


「克己!! あんた、なんてことを言ってるの!? 今から一緒に走る人に転べって言うのは最低なセリフよ!! それにアンタが勝つっていう保証なんて無いんだからね!! もしかして、あんたバカなの!? 彼に謝りなさい!!」


 佐藤さんは『いつもとは違う種類』の怒った顔で平田君を怒鳴った。


「ゴメンゴメンめぐねぇ!! 今のは冗談だからさ!! 本当に転んでしまえなんて思っていないからさぁ……五十鈴も悪かったよ……すまん……」


 平田君は彼に謝ると佐藤さんに蹴られたお尻を押さえながら第二走者の位置に慌てて向かって行った。


「ほんと、めぐねぇ頼むよぉぉ。克己を蹴って怪我でもしたらリレーどころじゃないじゃないか!!」


 木口君が強い口調で佐藤さんに文句を言っているけど、


「はぁぁああ!? あんたもバカなの!? うちの演劇部副部長にあんなことを言って次期部長の私が許すとでも思ったの!? あんた達と幼馴染だからといって、それとこれとは話が別なのよ!! いずれにしても正々堂々と勝負して勝ちなさい!! わかったわね!?」


「わ、わかったよ……」


 佐藤さんにそう言われた木口君はショボンとしている。


 そして彼はそんな佐藤さんの言葉に少し微笑みながら軽く会釈をした後、第二走者の位置に向かって行こうとした時、彼が小声で呟く。


「本気を出す……」


「えっ?」


 どういうこと? よく聞こえなかったけど……

 今、『本気を出す』って言わなかった……?


 彼の歩いている後ろ姿はさっきまで緊張の為か重そうに見えていたけど、今は何だか軽くなった様に見える。


 これも佐藤さんのお陰だよね。

 さすがは次期部長さんだわ。



 『位置についてーっ!! よ――――――い!!』


 パンッッ!!



 遂に四年生男子のリレーが始まった。

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