#37 九龍城っていいよねという話、ではなくなった

 九龍城の写真集を買った。ひび割れたコンクリートの床には煙草の吸殻や潰れたペットボトルが散乱している。埃を被った室外機が壁に張り付いている。屋根には無数のテレビアンテナがひしめき合っており、電波を奪い合うようにして天に向かって伸びている。

 こんな光景が好きな人は沢山いる。実際にこのような地域で暮らしている人は今もたくさんいるし、その日その日を生きていくのに必死なのかもしれない。

 我々はその現実を知らない。知識では知っていても経験としては持っていない。しかし知らない現実をもとに作られた小説や映画を楽しむことは平気でやっている。

 他人の不幸、それも構造的に生まれてしまった不幸を消費することがどこまで許されるのだろうか。「将来を決められた少女」を描く作品にも似たものがあるように思う。不幸を生み出す構造を暴こうとしているのか、娯楽として消費してもそれ以上言及するつもりはないのか、作者がどう考えているかは分からない。読む側はどうやって受け入れればいいのだろうか。

 目の前の写真集をパタンと閉じて、今も考え込んでいる。


2021年7月4日

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