第253話

 はっきり言おう。

 私たちは筋肉の死について疑っているものの、調べた結果無駄に終わる可能性もある。

 なんたって根拠はなく、ただ彼がそう簡単に死ぬわけないという思い込みだけで行動しているのだ。


「何故奴の記憶が世界から消えているか、だな。順当に考えるのなら、ダンジョンの崩壊が関わっているのだろうが……当日やその以前で貴様らが一体何をしていたのか、何か特異なことが起こっていなかったか、覚えている限りで良いから言え」


 カナリアが額を抑え、目を瞑って尋ねてきた。


「あの日は……一週間くらい前から協会の登録者がすごい増えて、私とウニと園崎さんで書類の整理をしてた……だよね?」

「ええ。最近はあの時登録した人達で大盛況みたいね……私はキー君に頼ってあまり表に立ってないから、詳しいことは分からないけれど」


 ダンジョンの崩壊を食い止めた時、テレビなどでの露出が少しあったからだろう。

 この協会支部が位置しているのは小さな町にも関わらず、ひっきりなしに訪れる新たな登録者達は、今まで通りの人数では処理が追い付かないほどであった。


「私はそのちょっと前に支部長代理になったんだ。力を隠すのも限界があるし、それなら支部長代理としてある程度の地位に就いた方が自分を守れるって。それと同時に筋肉は協会を開けることが多くなって……なんかをすごい調べてた、後もうちょっとで分かるんだって」


 まだ登録から一か月くらいだろうか。

 あの頃私が書いた初心者向けの紙もそこそこ役に立っているらしい。やはり誰しも躓く場所はあるし、夜に苦労して書いた甲斐がある。


「ふむ……警報はどうだった? テレビなどは?」

「流石にテレビの内容までは覚えてないかな……」


 確かあの時書類の整備を一旦区切って、私たちはピザを注文した。

 なんか美味しそうなテレビ番組をやっていて、ピザが届かないから見ているのが辛くて電源をオフにした気がするくらいか。


「それよ! ダンジョンの崩壊が起こったら、避難のためにテレビで報道されるはず。少なくともその時にダンジョンの崩壊は起こっていなかったわ!」


 机に掌を打ち付けて園崎さんが叫んだ。


「ならば可能性は……奴が死んだのは、人気のない森奥などに存在するダンジョンか」

「いや、それはないと思う。近くに町のないダンジョンは基本放置されてるから」


 人員が足りないのだ。

 それ故協会が主に出張るのは村、街、都市など人が多く住んでいる場所近くのダンジョンに限る。


 カナリアと出会うために侵入した、ダム近くのダンジョンを思い出す。

 あそこも放置されて長い、随分と入り口近くにゴミなどが溜まっていた。


 そういえば森など人気のない場所で崩壊したダンジョンはどうなるのか、そんなことを考えたこともあったが、こうやって色々知った今では成程、放置してもモンスターが町などに現れることはないのだろう。

 どうせ消えてしまうのだから。

 人々がその事実を知っていたわけではない。しかし長い間目に見える実害がなかったのだから、放置されるのも当然か。


「それで、その前に筋肉から電話がかかって来たんだけど、向こうが話してる途中で切れちゃったんだよね。なんか忙しいのかと思って、後から電話かけようとスマホ見たら番号が消えてて……」


 彼が調べていたことの内容は分からない。ただ、園崎さんが中学生くらいの頃からダンジョンの崩壊と消滅について調べていたようだし、きっとあの時調べていたのもそれに関連する内容なのだろう。

 何かを掴めたのか、それとも志半ばで終わったのか……今となっては私に知るすべはない。


 それはたったの一時間程度で起こった。

 感動的な死でもなく、何か大きな物事が起こったわけでもない。その瞬間に立ち会うことすら出来ず、あっけなく人が一人消えてしまった。


 確か、あの時筋肉が話していた内容は……


「ママと仲直りは出来たかって聞かれて……その後に謝られた」


『何も残せない俺を恨んでくれ、それでも戦う勇気があるなら……』


 何かを告げようとしていたのに、その電話は途中で切られてしまった。

 今こうやって思い返せば、まるで彼の言葉は遺言であった。

 どうしようもない、生き残るにはあまりに手遅れな状態へ陥ってしまい、最後の最後に私へ電話を掛けてきたのだとしたら……


「多分この時にモンスターが襲ってきたんだと思う」


 ひどくざらざらとした通話だった。

 スピーカーから届く波の音と聞いた彼の言葉が、まさか最期になるなんて。


 内心気付いていた。

 筋肉はどこか危険な場所に飛び込んでいるんじゃないかって。ほんのちょっとだけ、私が落ち込んでいるときに零した彼の近況は、明らかに安全な事をしている様子ではなかった。


「――いや、違う。今の話で分かった、奴はダンジョンの崩壊で死んだわけではない」


 客用の椅子へ座り込んだカナリアは、目を見開いた。


 彼女は拳を握りしめ、心底苛立ったように歯をギリリと噛み締める。


「もしモンスターにいきなり襲われたら、電話をわざわざ切る余裕なんてないだろう。それにモンスターの消滅に巻き込まれたわけでもない、もしそうなら『通話を切る』のではなく、そもそも着信相手が消える。つまり通話が無かったことになるだろう? そして発言からして、奴はその時点で死を悟っていた……」

「それなら、筋肉はわざと電話を切った? 話すら途中で切らなくてはいけなかった……」


 嫌な予感に、冬にも拘らずジワリと汗が滲んだ。


「それじゃ……まるでマスターは……」

「ああ」


 頷き。


「話し声が聞こえないようにした、通話先を知られたくなかった、もしくは追ってくる誰かから隠した……どちらにせよ、誰かに何かを知られないように電話を切った、ということになるな」

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