第249話

「ぶっ壊すって……」


 まさか蒼の塔を?

 冗談としか思えない、あまりに極端すぎる話だ。


 いや、言いたいことは分かる。

 交渉だとかであの塔を他の国が停止するわけない。話を聞く限りでは、それこそ各国の命綱というのすら甘いほどの価値があるのだから。

 ならばあれこれと手を回すより、ぶっ壊すの確かに一番簡単だ。


 だがどう考えてもそんなことを、他の国がはいそうですかと許すわけがない。


「大真面目だよ。そして魔天楼が世界に空けた穴を制御する魔力は、次元の狭間から供給されるもので補われている。もしこれが丸ごと稼働を止めたらどうなると思う?」


 カナリアの質問に首を捻る。


 色々と難しい構造などがあの塔にはやっぱり組み込まれているのだろうが、めっちゃ大きいけど基本は当然建造物だ。


「魔力を失ったら……まあ、ただ大きな塔なんじゃない?」

「そうだ、ただの建造物と変わらん。そこに残るのはデカいだけの建造物と、世界に影響を与える程巨大な穴だ」


 穴……あっ。


 そうだ、魔天楼はさっきも言っていた通り、世界に穴を開けて狭間から魔力を汲み上げている。

 保護の魔法が尽きても当然がっぽり空いた穴はそのままで、そしたらおこることは……?


「穴って……もしかして……ダンジョンの崩壊と同じなんじゃ」


 消滅。


 カナリアがコクリと頷く。


「もし破壊されたことを他国が気付けば、非難は避けられん。それこそ無限のエネルギーで人類が全滅するまで行われる、血反吐を吐きながら続ける、終わりの見えないマラソンが始まっていただろうな」


 だが、そのマラソンは幸か不幸か起こらなかった。


「貴様の言う通り、ダンジョンの崩壊と同様の事が起こった。つまり、魔天楼を中心としておおよそ一国程度の範囲が丸ごと消え去り、人々の記憶にすら一切の記憶は残らなかったのだ」


 そこまで大きな穴だ、ダンジョンシステムですらどうこうするのは不可能に近い。

 範囲内にいた人間は、ほぼすべて逃げることすら叶わず犠牲になったと考えていいだろう。

 何人が死んだのか……いや、死すら生ぬるい、一切の生きていた証すら消え去ってしまったのか、考えたくない。


 もし魔天楼を建築していたのがアストロリアだけだったのなら、この問題は起こらなかった。

 複数の魔天楼が局所的に魔力を吸い上げていたからこそ、罅割れが砕けた時に強烈な吸い上げが起こり、世界の消滅が発生するからだ。


 皮肉なことだがアストロリアに抵抗するため創り上げた魔天楼が、アストロリアの罪を全て消してしまったということになる。


 そして同時に、異世界で魔天楼が消えたことにより、こちらの世界にも大きな影響が表れた。

 こちらの世界に現れていた魔天楼の影、『人類未踏破ライン』が崩壊したのだ。

 本体が消えたからこちらも消えた。文字にしてしまえばとても単純な話であるが、引き起こされた被害はそんな甘いものではない。


 大量の、人類には手出しすら出来ない強大なモンスターが溢れ、人々に絶望と恐怖をまき散らし、最後には全て消し去られてしまう。

 救いなんて一ミリも存在しない、何も言えないほど理不尽な犠牲だ。


「私がこの世界へ漸く脱出することが出来たのは、今から六年前の話だ」


 ダンジョンシステムを完成させた後、試行錯誤の末彼女が最初に現れたのは、やはりダンジョン内であった。

 出口すら分からず彷徨っていた彼女と出会ったのが、アリアと奏……つまり私の両親であったらしい。


 異世界の人間などというのは何とも信じがたい話であったが、カナリアの操る魔法は異常の一言、それは最先端の研究者であるパパなら猶更の事理解できてしまう。

 それから色々あったが、最終的に彼女たちは探索者協会・・・・・の協力もあり、国家をまたぐ巨大な組織を作り上げた。


 全ては魔天楼の崩壊、その原因を突き止めるため。


 そう、その時点でカナリア達は魔天楼の崩壊、その原因を知らず、探索者協会に協力を要請した時点で全ては失敗していたのだ。

 探索者協会のトップはダカール……全ての元凶であるアストロリア王国の国王、クレストなのだから。


「そして、私たちが創り上げた組織、その拠点は消え去った……幻魔天楼の崩壊によって」


 偶然ではない。


 クレストからすれば、当然あれこれと探り、放置していれば自分の元へ届くであろう国際組織など目ざわりにもほどがある。

 組織は様々な研究のため、魔天楼の近くに拠点を築き上げていた。


 それからは早かった。

 組織に協力していた各国に立つ幻魔天楼、その本体である魔天楼を中心にクレストは破壊活動をつづけた。

 まるでカナリアに、抵抗でもすれば何もかもこうやって消し去ってやるぞと見せつけるかのように。


「全てを知った時には遅く、最後に残った人間は少なかった。剛力剛という日本人、そしてアリアや奏、剣崎といった最初期のメンバーが数人、それと剛力が支部長を務めていた支部に所属する探索者くらいだった」

「ご……それって筋肉じゃない!?」


 筋肉筋肉言ってたからあいつの名前よく覚えてないけど、たしかそんな名前だったはずだ。


「きん……? 何言ってるのか分からん」


 しかし私の疑問を軽く無視して、カナリアは何処かから缶入りの炭酸ジュースを取り出し一気に飲み干した。


「けふ……端的に言うと私たちは失敗した。主に剛力がクレストをボコボコのボコにしたが、隠し持っているであろう情報を聞き出すために生け捕りにしたんだ。そして……」


 怒りのままにぐしゃりと握りつぶされる缶。


「もはや生きているだけの状況ですら、奴は奥の手を残していた。六年だ、六年間、奴の魔法によって全ての時を戻された」


 だが、六年間時の戻されたこの世界に、魔天楼の崩壊によって消えた国、土地、人々は存在しなかった。


 全ては振り出しに戻った。

 ただ、可能性の芽だけをぶちぶちと引っこ抜かれた上で、取れる手段も希望も恐ろしく制限された上での、カナリアのやり直しが始まった。

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