第246話

「これは……固有魔法かもしれん。いや、貴様らに分かりやすく言うと、これはもしかしたら奏のユニークスキルを再現するための魔法陣かもしれんぞ」

「えっ」

「奏さんの……!?」


 ユニークスキルってオンリーワンだからユニークスキルなんじゃないのか。


 私は勿論の事、ママですらも聞いたことがないようで目を真ん丸にしている。


「体内に存在する魔力の波長が一人一人異なるからこそ、固有魔法というものは多種多様な姿を取る。恐ろしいほど繊細な調整が必要だが、一切真似できないというわけではない……理論上は」


 とのことで、絶対にありえないというわけではないようだ。

 しかしカナリアが理論上というほどだ、そうホイホイ書き上げられるものではないのだろう。


 机の上に置かれていた本の厚さは、おおよそ私の人差し指ほどはあるだろうか。

 本はよく分からない、何か赤茶色の皮で覆われていて、やはりこの表紙にも複雑な模様などが描かれている。


 見るからに高そうではあるが、この本一冊にそんなすごい技術的なものが詰まっているとは……


「パパのユニークスキルってなんだったの?」

「奏さんのスキルは……『復元』よ。どんな姿に破壊されてしまったものでも、元の姿へ戻すことが出来たの」


 強そう……なんだが、イマイチはっきりとしない説明だ。


「元の姿ってすごい適当な気がするんだけど」


 元の姿って言ってもいろいろある。

 例えば割り箸は元々木から出来ているけど、その前に当然木材としての加工もされているだろう。

 なんなら木と言ったって木の芽、そこから成長した姿、常にずっと同じ姿であったわけではないだろうし。


 私の疑問にママは深々とと頷き、


「そうね。どこまで戻すかはあの人の思うがままだったわ……最初知った時は私も耳を疑ったもの」

「わぁ……」

「とはいっても当然MP量の枷はあったし、スキルレベルでおおよそ戻せる時間は決まっていたわ」

「あ、そうなんだ」


 流石に神の如く何もかも好きに戻せる、というわけではないらしい。


「恐らく枷を嫌ったのだろうな。ダンジョンの構造に疑問を持ち、何故スキルがこうも制限が多いのかと疑問に思えば、当然枷を外す方法を模索するはずだ。この本はダンジョンシステムを介さずに魔法を発動する方法として書いていたのだろう」

「きっと学者としての性ね……」


 しかしそれにしたって革命的な発明だ、こうやって地下室で個人的に作っていたというのなら、世間に公表するつもりはなかったのだろうけれど。


「ふむ」


 何処かから取り出した紙をおもむろに破り捨てたカナリアがパパの本へ手をかざすと、ぼんやりとした暖かい光がページの隙間から溢れ出す。


 復元の魔法だ。


 しかし思っていた物とは異なり、破り捨てられた紙が修復を終える前に光が消えてしまった。

 紙の切れ目があったところは所々はくっついている物の、破れて毛羽だったところも半分ほど残っており、まるで雑に作られた切り取り線だ。

 これでは元通りとは言えないだろう。


「この本はまだ未完成だ、進行度はおおよそ半分程度だろう。いわば上巻とでもいうべきだな」


 私の責任ではあるが、完成品を見られないのが残念で仕方ない。


 そういってカナリアはすまないと頭を下げたが、彼女の肩を叩いて顔を上げるように伝える。


 ママの身体を好き勝手扱っていた件については、個人的にちょっともやっとするものが残っているものの、一番最初、彼女が次元の狭間から飛び出した時に起こった衝突については、私たちも完全な事故だと思っているし責めるつもりはない。


 それにしても……こうやって知れば知るほど、私のパパはどれだけすごい人だったのかと気が遠くなる。


 協会の仕事を手伝うようになって知ったが、剣崎さんもああ見えて結構すごい人だ。

 ダンジョンの崩壊、その予兆を検知する機器の配備が始まっているのだが、大元を発表したのは剣崎さんだとこの前見たネットニュースに書いてあった。

 そして今剣崎さんが発表しているそれらの基礎にあるのはパパの研究なのだ。

 顔すらも覚えていなかったパパが、私はずっと気付いていなかったけれど、今の私たちの何気ない生活を支えるような発明をしていた。


 ずっと知らなかった、興味を持つ余裕すらなかった。

 パパやママを時として恨んだこともあった、最低な冷たい人たちだって。

 どうして何もしてくれなかったんだって、いきなりいなくなっちゃったんだって、どうして私を一人にしたんだって。


 でも違った。


「そっか……そっかぁ……」


 私のパパは、言葉ではいい表せないほどすごい人だった。

 私のママは、誰よりも私の事を考えてくれる優しい人だった。


 都合のいい人間だと、他の人が私を見たら嘲笑うだろうか。

 だがそれでも、私は、家族を知った。

 尊敬すべき、家族を。


「……フォリアちゃん、この本とガラスペンは貴女が持っていなさい」

「えっ、でも……」


 机の上から本とペンを持ち上げたママが、笑顔でそっとこちらに手渡してくる。


 これはパパの唯一と言って良い形見だ。

 何もかもを売り飛ばされてしまったこの家で、誰にも知られない地下室だからこそ残っていた物。

 専門の学術書なども確かにあるが、どう考えもそれらとは釣り合わないほど、私たち家族には価値があるものだ。


「私たちは貴女の大事な時に何もしてあげられなかったわ。一緒に笑って、苦しんで、泣いてあげることも出来なかった。それでもずっと私も、貴女のパパだってずっとフォリアちゃんを想っていたはず。そしてこれからも、ずっと貴女の事を想ってるわ。だからフォリアちゃんにはこれを大切にして、忘れないで欲しいの」

「でも、それじゃママはパパのものが……っ」


 せめて本かペンだけでも。


 どうにか手渡そうと差し出すも、優しく押し返されてしまう。


「私は良いのよ、奏さんとの思い出があるもの」


 そういってママは、そっと笑った。



「うん……うん……! 大切にする……絶対に……っ」



 もう二度と忘れない、家族の思い。

 もう、絶対になくさせない。


 本を抱きしめた体が震える。

 それは慣れ親しんだ恐怖か? 家族が死んだ悲しみ? いや、違う。


 覚悟。


「――教えてカナリア」


 ずっと悩んでた、私はこの先どうすればいいんだろうって。


 最初に力を手に入れた時も、その後も、戦う度にどうしたらいいのか分からなくて、ずっとずっと悩んでいた。

 何かを知る度に息苦しくなって、耳を塞ぎたくなって、もう何も知らないって投げ出したかった。


 そして諦めた。


 人が消えた。

 町が消えた。

 国が消えた。

 遂にはどうしようもなく抗いがたい絶望を知ってしまって、誰も気付いていないからこそ余計に苦しかった。

 こんな災害どうしようもないんだから、どうせ死ぬんだから何したって無駄だって投げ出そうとした。



「貴女が隠している全てを……崩壊で消えるこの世界を救う方法を、貴女なら分かるはず」



 でも、だめだ。


 私は諦めきれない。

 何もかもがこのまま消えて行くのを、何もせず見ていることなんて出来ない。

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