第234話

「だからバレるって言っただろ!」

「貴女だって興味津々に見てたじゃないですか!」

「私は良いんだよ!」


 どたばたと足音を立て部屋の中に入ってくる二人。

 私は全く気が付かなかったのだが、どうやら気を使って外へ出たものの話が気になった結果、窓から覗きこんで耳を澄ましていたらしい。


 う……全部聞かれてたのかな……


 先ほど感情的に声を荒げてしまったばかりなので、それが聞かれてたとなると少し恥ずかしい。


「それと失敗はね、何度でもしていいの。一度の失敗で治せないなら、二度、三度と繰り返してちょっとずつ治せばいい。同じ失敗をしないなんて、生きてる限り無理なのよ。でも自罰的になるのは駄目。自分が悪いって抱え込むのはタダの思考停止、或る意味楽かもしれないけど前には進めなくなるわ」


 再び席に着いたママの言葉に首を捻る。


 失敗してもいいってのが分からない。

 間違えたら怒られるものじゃないのか、少なくとも今まではそうだった。


「貴女なりに考えて行動しなさい。自分が悪いで終わるんじゃなくて、失敗したのならその先をどうするのかしっかり考えるの。そしてさっきも言った通りダメなら誰かを頼る。自分を助けてくれるような、信頼の出来る人をね」


 そうして再び琉希たちへ流し目を送るママ。


 また、私は許されてしまった。


 いつも通り・・・・・俯き、しかしハッと前を向く。

 違う、これじゃない。

 いつも通り終わっては駄目なんだと、今一つ納得の行っていなかったママの言葉が、この時ピリリと背筋を撫でた。


 そうか……こういうことだったのか……


 全てを飲み込み切れたわけではない。

 でも今、私は既に何かを掴んでいた。


 机を挟んだ対面、優しい笑みを浮かべるママ。

 彼女は、私の顔つきが変わったことで一層柔らかな笑みを深めると、今度は勝手に緑茶を入れ始めたカナリアへ振り返った。


「それとカナリアさん」

「む……なんだ?」


 机の端、蔦で編まれた籠の中からひょいとお饅頭を取り上げ、勝手に頬張っているカナリアが眉を顰める。


 おかしい。

 なんなんだこの人。出会ったばかりなはずなのに、恐ろしいほど自然にくつろいでるんだ。

 下手したら先ほどの私より何倍もリラックスしてるんだけど。


「フォリアちゃんをお願いします。博識な貴女なら、きっとこの子の支えになってくれるはずだから。その代わりと言ってはなんだけど、ここで一緒に住みましょう?」

「はぁ!?」

「ママ!?」


 思ってもみなかったことに、私も、そしてカナリア自身も素っ頓狂な声を上げる。


「何でこの私が手助けせねばならぬのだっ! 私にはすることがだな……」


 激しく机を叩き異議を唱えるカナリア。


「ついつい口が過ぎてしまうのかもしれないけれど、貴女もたまには素直に話すのも大切じゃないかしら?  独り言で後悔するくらいなら、ね?」


 しかし彼女へ耳を貸す様に手を振ったママがなにかを囁いた瞬間、カナリアの表情が目に見えて変わった。


「い……っ!? ま、まさか貴様……私が表に……の記憶が……全て……」

「お願いね? それで色々相殺ってことにするわ」


 いたずらな笑みを浮かべたママへ、何か言いたげな相好で口を開いては閉じるカナリアであったが、結局何かを言い返すことも出来ずに項垂れると、見るからに渋々な様子で頷いた。

 なんだか分からないが、カナリアは我が家に住むことが決まってしまったらしい。


 複雑な心境に口がへの字になる。

 てっきり今日パーティが終わったら別れるとばかり思っていたし、関係が関係だからだ。


 でも、多分彼女の人間性は、憎しみへ至るほどひどいものではない。

 それにきっとカナリアは行く当てがない。

 心配だ。一応良心はあるらしき彼女だが、そもそも思考回路がなんか普通からかけ離れているので、とんでもないことをしでかして逮捕とかされてそうで。


 一応は命の恩人を次見るのが、手錠を付けられてるテレビの速報とか笑えない。


 そんなの突拍子もない考えだと思うだろう。

 でもわずか一日ばかし彼女と付き合っただけなはずの私には、手錠を付けられて喚きながら警察署へ送られていく彼女の姿が、結構ありありと想像できた。


 それに、当然私もカナリアに思うところがあるとはいえ、一番の被害者はママだ。

 六年間自分の身体を乗っ取られ、様々な関係を壊され、パパも偶然とはいえ彼女のせいで……いや、きっと生きていると思いたいが、少なくとも今ここに居ないのは彼女のせい。


 それでもきっと許すつもりなのだろう。


 ならば私はこれ以上恨むことはしない。

 私が私の失敗を許して次へと意識を向けるのなら、誰かの失敗もやはり許すべきだから。


「それにしても……何の話したんだろ」

「さぁ?」


 カナリアとママの話している内容が小さすぎて聞こえなかった私たちは、焦ったように


「おい! 分かったから誰にも話すなよ!」


 とママへ怒鳴るカナリアの態度に首を捻った。




「さあこれで難しいお話は終わり! ところで今日はクリスマスなのよね、さっきテレビつけてびっくりしたわ!」


 にこやかな笑顔、ぱちりと合わさった両手。


「あっ、そうなんですよ! さっきまで皆で買い物に行ってたんです!」

「うん。でもちょっと買い過ぎたかも……」


 思い出した私たちによって、『アイテムボックス』から取り出され机の上に並べられた丸鶏、小麦粉やバター、野菜や果物、フルーツ缶やジュースのペットボトル。

 最初は一つ一つ並べていったが、次第に隙間が無くなり上へ重ねていくことに。

 大量の食材は恐らく今日中に消費しきることは出来ないのだろうな、とこうやって目前にして今更ながらに察する。


 まるで山だ。


 想像以上に色々なものを買い過ぎてしまった事に気付き、一人苦笑する。

 どうやら私はカナリアやママの事へ考えている一方で、同時に随分とクリスマスパーティというものに浮かれていたらしい。


「他にお友達は呼ぶのかしら?」


 ママの言葉に一人、脳裏に思い出す彼女。


 私が引き籠っている間協会の仕事を手伝ったり、そもそも琉希が私の家にやって来た理由は、彼女が琉希に話を伝えてくれたかららしい。

 これも誰かに相談する、か。

 自分に出来ないことがあるのなら、出来るかもしれない人、協力してくれる人に声を掛ける。


 私も見習わないと。


「……芽衣も、呼ぼうかな」

「五人……時間は四時間くらいかしら……?」


 時計をちらりと見た後、ママは食材を冷蔵庫の中へ入れるよう私たちへ伝えると、にっこりと笑みを浮かべた。


「じゃあ琉希ちゃん、この量を調理するのも大変だし、貴女のお母さんも呼んでもらえるかしら? 折角だし盛大なクリスマスパーティにするわよ!」

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