第215話

「でも出来ることって何ですか? ダンジョンシステムは今も動いていますし、その魔天楼? っていうのも動いてるんですよね? こっちの世界から出来ることなんてたかが知れてると思うんですけど……」

「……私の目標は、この次元の穴を修復し、世界を復元させることだ。そのためにとある男を殺す必要がある……詳しくは言えん、貴様の身も危うくなるかもしれんからな」


 これだけは駄目だと言われてしまえば、琉希も無理に聞き出すことはできない。

 そもそも彼女の目的に関しては、好奇心こそ刺激されても、琉希の目的であるフォリアの救助には関係がないからだ。


 ――まあ助けてくれって言われたら考えますけど……


「全て私が原因なんだよ。私があんなものを見つけなければ、好奇心で研究しなければこんなことは起こらなかった。だから私が、私の手で全てを終わらせる……そのために今日まで生きてきた」

「貴女……案外悲しい人だったんですね」


 きっと何か一つでも食い違っていたのなら、彼女はこんな終わりかけの世界で腐る人物ではなかったのだろう。


 彼女が命を懸け創り上げたダンジョンシステムも、事情が事情ゆえに功罪の二面を持っているが、本来はもっと素晴らしいものになっていたはずだ。

 上手く行けば今人類が抱える問題の九割以上解決できるかもしれない。それだけのことをしてのける人物が自分の罪とも言えぬ罪を背負い、仄暗い決心を胸に生きているとは、何と悲しいことだろう。


 うつむく彼女の背後に回り、ゆっくりと頭に手を触れる琉希。

 その感覚にびくりと体を震わせるカナリアであったが、想像していた物とは違っていたのだろう、そのまま彼女の腕を受け入れるように力を抜いた。


「……怒らないんだな。あと一言余計だぞ」

「技術や知識はあくまで存在する物、それに善悪なんてありませんよ。貴女の知識は確かに大災害を引き起こした原因かもしれませんが、それを悪用した人は恨んでも貴女を恨むことはできません」

「そう、か……」


 これ以上話題に触れることも憚れ、二人の間に流れる沈黙を破ったのは琉希であった。


「ところで一ついいですか?」

「なんだ?」

「貴女嘘ついてますよね? さっき魔蝕を治す方法はないって言ってましたけど、本当は知ってますよね」


 琉希の口から飛び出した言葉は、疑問ではなく断定。

 確信をもってカナリアへと問いただしているのは、その真っ直ぐな目を見ても明らかだ。


 確かに第一段階、即ち体表に魔力の結晶が出ている状態でも、魔力を取り入れないようにしたうえで安静にすれば、じきに吸収されてしまうのだろう。

 だがそれ以外にも治療法はある。

 彼女はそれを知っている上で口を噤んだと、琉希は確信していた。


「外から入った魔力が体内で悪さをしているなら、それを無理やり引っ張り出せばいいんです。体内の魔力をすべて抜き取ってしまえば肉体の変化は止まりますし、その後はいくらでも治療できるはず。実際貴女が私たちに出会った時、説明もなしに私へそれ・・してましたよね?」

「いや、しかし肉体の変異が起こってしまっているからな」

「それも嘘ですね」


 先ほどの説明中、彼女は肉体の変異については語っていたものの、『戻せない』とは一言も発してない。

 確かに嘘を吐くことは苦手であろう彼女。しかし多種多様な知識量には圧倒されるものがあり、当然それを使いこなすのに頭が回らないわけもない。


 嘘を吐くのが苦手なのなら、元から言わない。

 ただしすべての真実を語るわけではなく、言いにくい所は隠してしまえばいい、というわけだ。


「体内の魔力が抵抗できない程外部の魔力が増えて、その結果肉体の変異が起こったとするのなら……元々の物である体内の魔力が、外部の魔力と馴染み切ってしまう前に、外部からの魔力をすべて抜き去ってしまえば、体内の魔力に存在する記憶から、元の姿へ肉体の再変異が起こるのでは?」


 当然現代社会を生きてきた琉希には、彼女の世界における魔法的な知識など皆無。

 しかし先ほどカナリアが語った話に嘘などが含まれないのなら、この理論に間違いはないはず。

 確信にも近い予想だ。


 じっと目線を向けてきた琉希を誤魔化すことなどできないと悟ったのか、カナリアは小さくため息を吐き、ゆっくりと頷いた。


「――ああ、貴様の言う通りだ。フォリアもだが案外貴様らは聡いな」

「それなら……!」


 希望が見えた。


 予想は正しかった。

 何故彼女が出来ないなどと嘘をついたのは理解できないが、やはりフォリアの治療方法はあった。


「それで、その治療をするのは誰なんだ?」


 喜ぶ琉希へ投げかけられた疑問。


「え? それは勿論、方法を知っている貴女が……」

「無理だ、私には出来ない」


 それは琉希の予想に反していた答えであった。


 確かにカナリアは琉希へ、魔力を無理やり絞り出すことで魔蝕の初期段階、体表に現れた魔石を消し去ってみせた。

 それは琉希自身確かに体験した物であったし、てっきりフォリアにもそれを施せば治せるとばかり思っていた。


 しかし彼女は出来ないと首を振る。

 こんな矛盾した話があるだろうか。いきなりすべて忘れてしまったのか?



「な、何言ってるんですか!? やってたじゃないですか!」


 先ほどまで撫でていた頭を両手でつかみ、激しく振り叫ぶ琉希。


「もうやったんだよ」


 しかし彼女はふざけた態度を取るでもなく、ただ淡々と語るだけであった。


「私は確かに、あの子へ治療をしたんだ。だが何を勘違いしたのか魔石を拾っていたみたいでな、魔力を抜き取った後、事前に砕いた魔石ごと爆散した」

「は!? 爆散って……は!? え!? フォリアちゃん殺したんですか? 殺しますよ?」

「わっ、私は悪くないだろ! いたたたっ!? いたぁっ!? 頭を離せ馬鹿! 殺す気か貴様!? それに死んだけど生き返った!」


 治療、即ち体内の魔力をすっかり抜き去ってしまうこと。

 その結果は単純。レベルが即ち体内の魔力量というのなら、魔力が空っぽになったらレベルもゼロになる。


 ――そうか……! フォリアちゃんは確か、あのヤバイ味の実、き、き、黄な粉の実? とかいうのを常食してましたね……!


 死んだと言われて焦った琉希であったが、ふと思い出したその事実に冷静になる。

 それにちょっとごつごつとした姿へ変わってしまったとはいえ、琉希は確かにフォリアが行き、動き回っていたのをその目で見ていた。


 カナリアの言葉などで焦り過ぎていたのだろう。

 胸をなでおろしつつ、手の内の金髪をパッと離す琉希。


「だが奇妙なことが起こったんだ。ただ生き返り、空っぽになった魔力がまた吸収されて元通りになるだけかとばかり思っていたのだが……何故か魔力の吸収が収まらず、元の数百倍にまで増えてしまったのだ。抑えることも出来ずあっという間に『魔蝕』が発症してしまってな……お前何か知らないか?」

「……っ!?」

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