第208話

 なにがおこったの。


『希望の実の特殊効果による、レベル10以下の復活判定が行われます』


 生きてる、わたしは?


『失敗』


 しんだ?


『失敗』


 もう、いいのか、どうしたら、わかんないよ。


『失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗……』


 ぱぱ、まま……


『成功』



 いくらがんばっても、なにしても、みんなきえちゃうのに。



『レベルの復旧を開始します』

『魔力配分の最適化を実行』

『スキル累乗の対象を経験値上昇へ変更』

『レベルが合計、2582902上昇しました』


『名称……未定義。カナリアの記憶より名称、魔蝕と定義。以降ステータスへの記載を統一』



「どうしてこうなるんだよ……!」


 ポツリと少女が呟く。

 彼女のワンピースは弾け飛んだ臓物と肉片で赤く染まり、ここまで決して動揺を示してこなかった顔には、初めて焦りの表情が浮かんで


 フォリアによる決死の爆破は、少女に傷一つ与えることはなかった。

 所詮は使い終わった後の魔石。たとえ元々彼女に届きうる魔力があったとして、既に中身の大半は消費されている。


 しかしフォリアにとっては違う。

 小さな爆発と言っても元が強大な魔力を秘めた魔石のものだ、琉希同様、一般人程度まで力が衰えていたフォリアにとって、それは致命的な一撃になりえた。


「ああもうっ! 漸く肉体の再生が出来たってのに、次から次へと! くそっ、魔蝕への対症術式は無駄になるが急いで蘇生を……っ!?」


 フォリアから取り出した魔石を地面へ置き、彼女の肉片を集め出す少女。

 未だ生ぬるい血の滴るそれを拾い集めては、細かなものは雪ごとかき集め、一か所へ山を作り上げていく。


「……っ!? 一体何が……!?」


 だが、彼女の手がピタリと止まった。


 肉片が震えている。

 無念の叫び? まさか、物言わぬ肉塊に恨みつらみ、感情などというものは存在しない。


 やがて一か所に寄せられた血肉は、まるで逆再生するかのように結合を始め、それでもなお飛び散り足りない部分へ、無数の光が集まって新たに補われる。

 時間にしてたった数十秒。燦然たる輝きに包まれたまま、少女は生まれたての姿で地に伏せていた。


「む、貴様あの実・・・を食っていたのか……! 良かった、死んだかと思ったぞ……! ああいや、死んでたんだがな」


 嬉々とした表情を浮かべ、未だ寝転び、目を固く瞑った彼女の肩をバシバシと叩く少女。

 だが、その顔もあっという間に曇った。


 フォリアに集まる光の粒が、絶えるどころか増している。


 肉体の再生は完了している。同時にフォリアの初期化されたレベルも元に戻ったはずで、ならばこの膨大な魔力は何故集まってきているのか。


 それは偶然が絡み合った、神による悪戯とでもいうべきものであった。

 初期化されたレベルの復旧、それは空になった体内へ魔力を取り入れる、実質的に『レベルアップ』と同じ過程を踏む事象。

 再生されたフォリアの肉体はレベルの復旧をレベルアップと認識、『スキル累乗』と『経験値上昇』によってその吸収量は爆発的に増加。

 そして魔力の供給源はダンジョンそのもの、普段モンスターを狩る時のように魔石の魔力を抜き切れば終わりともならず、限度がほぼないと言って良いだろう。


「う、うううあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「お、おい! 何が起こってんだよ!? まっ、魔蝕……っ、何故だ!? 不味い不味い不味い不味い不味い不味い……ッ!?」


 だが少女はダンジョンシステムについて詳しくとも、フォリア個人の力については当然把握していなかった。

 ただ、先ほど同様に魔法陣を展開し、彼女へ集まる魔力を拡散させんと奮励するも、更に集まる膨大な魔力によってその魔法陣は打ち砕かれ、共に体内へ吸収されてしまった。


 目を見開き、血管を浮かび上がらせ叫ぶフォリア。


 漆黒の尾が生える。柔らかく見え、その実鋭い毛におおわれた巨大な尾が。

 腕が変異する。その矮躯に似つかわしくない巨大な、無数の黒々と輝く鱗に覆われ、甲には巨大な結晶が生えた竜の腕へと。

 瞳孔は縦に裂け、頬には涙の痕にも見える痣が。


 少女の奮闘むなしく、フォリアの体の節々が変異していく。

 だがその変化に指向性はなく、怪物達の四肢を千切っては乱雑に継ぎ接ぎしたように、どこまでも歪で悪趣味な、悍ましい姿であった。


 手の尽くし様もなく呆然としていた少女であったが、目の前の存在だけではなく、背後からもうめき声が聞こえてきたことに気付き意識を取り戻す。


 琉希だ。

 パーティ契約を結ぶことで魔力の供給がつながってしまった彼女もまた、本人であるフォリアほどではないとはいえ、流れ込んできた魔力に苦しんでいた。


「おい貴様! 目を覚ませ! さっさとパーティ契約を解除しろ!」


 抜き取った魔力を上回る魔力が流れ込み、消えたはずの結晶が新たに胸元へ発生した。

 あっという間にそれは大きく、濃い色へ変化していくのを見ながら、少女は必死に琉希の顔を叩いて意識の覚醒を促す。


「な……に……」

「こっ、この私の言う通りにしないと痛いことするぞ!?」


 脳内に絶え間なく響き続けるレベルアップの声。

 何かが流れ込み、心臓を圧迫するかのような苦しみと、息をする度走る鋭い痛み、吐き気、眩暈。

 混乱と苦痛の二重苦は琉希の思考を掻き乱し、この耐え難い苦悶から逃れられるならばなんでもいいと、自覚と無自覚の合間を行き来する認識でパーティを解除した。


 ようやく解放され、しかし即座に感覚が消えるわけもなく、えずき、胃の中身を地面にぶちまける琉希。

 だがそんな彼女を気遣っている時間も惜しいと、少女はその肩を力強く握りしめ叫ぶ。


「良いかよく聞け! アリアを連れてさっさとここから逃げろ! 詳しいことは後でせ」

『ア゛ア゛ッ!』


 獣の唸り。

 視界を横切る巨腕。

 ゴミのように吹き飛ばされ、轟音と共に何度も地面へと衝突し、視界の端へ消える少女。



「……へ?」



 理性を失った怪物を目の前に、琉希は小さく疑問を漏らす事しかできなかった。

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