第206話

 恐ろしい勢いで吹き飛び、力なく地面に倒れ伏す金髪の少女。


 気道ごと押さえつけられていた琉希。

 新鮮な空気を求め喘ぎ、焦点の合わない視界で叫び、必死に手を伸ばす。


「けほ……フォリ……ちゃ……!」

「言っただろう、殺しはせんと。生きてるよ」


 琉希の振るった腕から連続して光が飛び出し、地に伏せピクリともしないフォリアの身体へ溶け込んでいく。

 回復魔法が拡散せず彼女の身体に取り込まれていくあたり、敵の言葉を信じるのもしゃくではあるが、どうやら確かにフォリアは生きていることは間違いがなかった。


 己にも魔法を投げ、震える膝へ無理やり力を籠め、目の前に立つ少女の皮を被った怪物へ意味もない戦闘態勢を示す琉希。


「貴女の目的は何ですか!」

「またそれか、二度同じ問答を繰り返す趣味はない。それより他人に質問をするなら、ちょっとくらいはこちらの質問に答えたらどうなんだ? ん? 貴様らの技術と乖離したその魔力、どうやって手に入れた?」

「……魔力とは、一体何のことを指しているかにもよりますね」


 先ほどから気になっていたが、目の前に立つ彼女は殺意がない。

 それは絶対的な力の差からいつでも捻り潰すことが出来るという余裕の表れか、それとも別の目的があるのか。

 それは先ほど吹き飛ばされた彼女からしても把握できることだ。


 支援に特化している琉希には岩などを操る物理攻撃しか持ちえず、それが通用しない相手には元よりフォリアが居なければ勝ち目などない。

 今琉希に出来ることは、出来るだけ情報を引き出すことのみ。


「勘が悪いのか? それとも分かっていてすっとぼけているのか? レベルだよレベル、貴様らのレベルは私の創り上げた・・・・・・・システムから反している」

「それですよ! さっきから! その口調、まるで貴女の言い振りは……」


 その先を口にするのは躊躇われた。


 そんな言葉、今どき小学生だって口にしない。

 続く言葉は恐ろしく幼稚であり壮大、それを躊躇いなく口にするような人間は間違いなく奇人変人の烙 印を押されるだろう。

 あり得ない。


 深い嘆息が森に響く。


「……まあいいか、これくらいなら。そうだ、貴様の考えている通り……」


 しかし琉希の予想は裏切られる。


「ダンジョンシステムの基礎・・は私が構築した。いわば生みの親、創造主というわけだな」


 これが事実なのだと、彼女はとんでもない虚言を、さも当然というかのように眉一つ動かさず言い切ってのけた。



「そ、そんな大法螺……騙されません……」



「貴様を騙して私に何か利点でもあるのか? 聞かれたから教えてやったのに、どうしてそう素直に人の言葉を受け取らないのか理解に苦しむね」


 ぺちぺちとフォリアから奪い取ったカリバーを手で弄び、不思議そうに首を捻る少女。



「そんなことはどうでもいい。それより貴様らの力についてだよ」

「――っ!?」


 瞬間、確かに距離を取っていたはずの距離がゼロにまで縮まる。


 フォリアほどしかない身長、琉希を仰ぎ見る様な体勢、端正な顔立ちはともすれば可愛らしいと顔がほころぶものだろう。

 しかしこの鼻と鼻が触れ合うような近さで、琉希は恐怖以外に覚えるものはなかった。


 一体何が彼女の気を引いたのかは分からない。

 しかしこの知的欲求に突き動かされたであろう怪物を、酷く刺激してしまった自分の何かを強く呪った。


「確かめさせてもらうぞ、身体の隅々までな」


 金を纏った少女の瞳が見開かれる。


 抵抗は出来なかった。

 いや、暴れようと手足を動かそうとするも、手足の先に発生した魔法陣からまるで見えない糸でも飛び出しているかのような抵抗があり、激しく暴れる度に酷い虚脱感に襲われてしまう。


 腕や足などの衣類を剥かれ、小さな手で確かめる様に触られる。

 なぞり、握り、時には爪先で引っかかれた。生殺与奪の一切を赤の他人に委ね、なすがままにされることの恐怖は一言では表すことが出来ない。


 まだ目的すら果たしていないというのに。


「――っ!」


 最後、コートの上から滲む血に意識が向いた少女。

 人差し指で軽くなぞり、それがまだ乾ききっておらず、今しがた流れたばかりであることに気付いた彼女は、軽く鼻を鳴らしてボタンを外していった。


「やはり……」


 ポツリと漏れる言葉。


 そして胸の谷間に輝く、黒い結晶・・へ軽く爪を立てると、同時に伝わってきた鋭い痛みで顔を歪める琉希の顔をじっと眺め、予想通りの物があったとばかりに頷いた。


 サイズは丁度親指の爪ほどだろうか。

 突けば痛みが身体に伝わり、性質からしても一見大きな瘡蓋に見える奇妙な塊。

 事実、琉希とフォリアはそれら・・・を、よく分からないがただの瘡蓋として扱っていた。


「まだ魔力の蓄積が浅い、出来たのはごく最近だな」

「な、にを……はなして……くだ……」

「まあ知らんだろうな。私はそもそも、これが出ないように創ったのだから」


 質問とその返答は全て少女の中で完結していた。

 琉希の疑問は彼女にとってわざわざ答える価値のない物であり、一切の説明もないまま事だけが進んでいく。


「だが貴様は幸運だ、発症・・する前に私と出会えたのだからな。五体投地してその僥倖を噛み締めていいぞ」


 そして琉希の胸元へ手を当てたまま少女は、尊大な笑みを浮かべ無数の魔法陣を展開した。


 輝きに飲み込まれる二人。

 琉希の呻き、叫び、苦痛に喘ぐ声が木々の間へ響き渡った。

.

.

.



 強烈な煌きが収まった後、少女の手には黒々とした魔石・・が一つ握られ、琉希の身体は地面へゆっくりと崩れ落ちた。


 なにもかもが抜き取られた脱力感。

 激痛と何が起こっているのかすら理解できない絶望に精神は酷く摩耗し、焦点の合わない視界が目の前に立つ少女の裸足だけを映している。

 絶叫に焼け付いた喉はもはやまともに声を上げることすら難しい。ただ、掠れた虫の息だけがむなしく零れるだけであった。


「終わったぞ」


 しかしその苦痛を味合わせた少女は顔色一つ変えずに宙を浮かび、手元でいつの間にか握っていた魔石を弄び、なにかぶつぶつと独り言を呟くのみ。

 しかし観察でも終わったのか、それをワンピースのポケットへ仕舞い込むと、おもむろに周囲を見回しては一点へ視線を定めた。


「次はあっちだな」


 その先に居たのはフォリア。

 傷が多少はふさがったのだろう、しかし痛みから素早い行動も出来ず、ゆっくりと立ち上がる為に震える彼女。


「――っ、いかせ……な……っ、『覇天……!?」


 沸き上がる激情。

 せめて逃げる一瞬だけでも稼ごうと、不透明な思考の中使い慣れた物を投げようと腕を振るう琉希。


 だが、地に崩れ落ちた彼女が背後の虚空から取り出した巨岩は、まるで支えることが出来なかったかのように一直線に落ち、使用者であるはずな彼女の両足を叩き潰した。

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