第196話

「候補は三つあります。ただアリアさんの目的が分からないので、どこから攻めるか結構決めあぐねてるんですよね」


 風呂から上がり着替えた私の前に差し出されたスマホには、琉希の言う通り三つの目的地について書かれていた。


 そのどれもが金髪の女性についての目撃情報があり、様々な情報をつなぎ合わせた結果たどり着いた場所らしい。

 三点のそれぞれに特徴があり、順当に行くなら人の多い場所から攻めていくのが王道だろう。

 実際琉希もそのつもりだったようで、人口の多い地点から順にマークが付けられている。


 だが一度、私は行き倒れたアリアを拾う前に出会ったことがある。


「ダンジョン……」

「はい?」


 それは炎来ダンジョン。


「……あの人と前にあったの、ダンジョンだった。倒れてるのを拾った時も、消えたダンジョンの近くだった」


 偶然かもしれない。

 偶々ダンジョンに寄っていた時に出会っただけかもしれない。


「消えた……ですか?」

「ああ……いや、兎も角ダンジョンの近くで二回も会ってる。お金目的かもしれないけど、最初に会った時魔石の回収してなかったから……それになんでか分かんないけど、ダンジョンの崩壊察知してるみたいだった」


 対策もなく突撃した私を一方的に倒した蛾、もう駄目だと思った時彼女が現れ、それこそ瞬殺と言える速度で倒してしまった。

 あの時のアリアはとても焦り、それこそ心底苛立っていたように思える。


 もし本当に時間がない人間が、わざわざダンジョンに立ち寄るようなことをするだろうか?

 食事を全くとらず栄養不足になるほどの人物だ。彼女が執着する『ナニカ』はよほどアリアにとって、そう、私なんかよりも断然重要なことで、彼女がそれをすることに憑りつかれているとしたら……ダンジョンなんてわざわざ寄る必要なんてないはず。


「ふむ……崩壊についての検知システムについては今年だったか開発、試験していると記事を見たことがあります……ですが大掛かりな機材を複数個所に設置してのシステム、個人で運用できるようなものではないと思いますが」

「……私も最初は冗談かと思った。でもなんかすごい説得感があって、不安で待ってみたら結局実際に崩壊が起こった」


 私もダンジョンの崩壊を察知するものについては知っている。

 これもやはり『炎来』で私を助けに来てくれた警官の二人、安心院さんと伊達さんから少しだけ聞いたものだ。

 それこそ当日に配備されたばかりでまだ詳しいことを本人たちも知らないらしく、伊達さんが持っていた計器が突然鳴り出して急行してきたと言っていた。


 そう、もしママがダンジョンの崩壊についてその道具を使っていたとしたら、日付に齟齬が生まれる。

 研究に金をつぎ込んでいる国から最新鋭の機器を受け取った彼らですら当日だった。どうして一般人であるママが、その計器を事前に持つことが出来るだろうか。


 もしママがそんな機材を持っていたとしてもおかしいし、別の方法で察知していたとしてもやはりおかしい。


「アリアさんはなにかダンジョンについて、世間一般よりも熟知してそうな雰囲気はありそうですね」

「……違う。きっとママの目的はダンジョンそのもの……多分。ダンジョンに何かあるんだと思う」


 それしか結論はない。

 血の繋がりなんて言っても、結局私がママについて知っていることはあまりに少なかった。


「となると可能性が低いと切ってたんですが……どうやら候補の内、ここが今のところ彼女の目的地として一番確率高そうですねぇ」


 彼女がスマホで開いたマップに映されていたのは、情報が候補の一つとしてあげられていた場所と一致する、ダムとダンジョンしかない山奥。


「ただ問題があって……」

「問題?」


 山奥でまともに道路もないとなれば、交通の問題だろうか。

 見たところダムへ向かうための道が細く確保されているだけにしか見えない。


「ええ、ここ『沈黙の雪原』って言うんですけど、Bランクダンジョンみたいなんです。場所が場所なんで調査もまともにされてませんし、名前の通り中は雪に埋もれて移動も一苦労なのが予想できます。それにフォリアちゃんレベル今いくつくらいです?」

「……六万くらい」

「ですよねぇ……あたし今一万くらいなんですけど、Bの最低が十万なので圧倒的にレベルが足りません。きっと内部に行けばもっと上のレベルのモンスターもいるでしょうし、相当厳しい戦いになると思います」


 平然と言ってのける彼女。


 レベル差は二倍ほど。

 いや、琉希に関して言えば二倍どころか十倍を超える、厳しいなんて甘い話ではない。

 下手したら不意を突いて飛んできた攻撃に対処することも出来ず、一方的に蹂躙されて終わる可能性が高い。


 しかし彼女は選択肢を私に預けた。

 あまりに重い。もう誰も死なせたくないのに、私はこの選択肢を選ぶしか道がない。


「どうしますか?」

「……行くしかない、終わらせるために。でも琉希は」

「行きますよ、最初からその予定でしたから」

「……ごめん」


 あえなく一人で行く選択肢は潰されてしまった。

 きっと私が一人で行こうとしても、どうにかして這ってくるのだろう。

 先ほど私を一人で行かせないため止めたように、何かにつけて付いて来ようとするのだろう。


 ママと会って、話をしたところで何が変わるというのか私には分からない。

 いや、内心何の意味もないと思っている。

 ママは私に真実を言うつもりなんて一ミリもないのだ。だから私の足を潰してまで出て行ったし、約束を無視した。


 私自身が解決手段なんて何一つ思いついていないのに、友人を巻き込んでしまった事実が酷く苦しかった。

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