第184話
「……ん?」
一瞬、何かが全身をまさぐるような不気味な感覚が走った。
「どうした」
「あーいや、なんか今ぞわっとしたような……してないような……」
「風邪か? 今日はもう帰った方が良いんじゃないか」
「ピザ食べたら帰る、食べるまで帰れない」
「食い意地張りすぎだろ……」
デリバリーを注文してからすでに一時間ほど。
どうやら店が混んでいるようで中々届かない。スマホでバイクの位置を確認したもののまだ商品を受け取ってすらいないようだ、これではまだしばらく時間がかかりそうでため息が出る。
一度気が抜けてしまえば仕事をする気にもなれず、退屈を紛らわすためテレビをつけたが、
こちらの食欲をむやみに掻き立てる番組を見て、何も食べることが出来ない現状に口を窄め電源を落とす。
空腹に机へ突っ伏す私へ、園崎さんが思い出したように人差し指を立てた。
「あ、そろそろ電話しなおしてみたらどうかしら?」
「確かに、もう一時間経つし丁度いいかも」
タップ、タップ&スクロール。
上や下へと行ったり来たりするいくつかの電話番号たち。
私には電話番号を交換する知り合いなんてたかが知れているので、決して数が多すぎてどこに行ってしまったのか、なんて悩む必要はないはずなのだが――
ふむ……
「……電話番号消えちゃってる」
何度見返してもリストに存在しない『筋肉』の二文字。
つい一時間前まであったはずの電話番号が、今では影も形も見当たらない。
あれ? 操作間違えたかな?
もしかしたらポケットの中で勝手に反応しちゃったのかもしれない。
電源落とすの忘れてると偶にあるんだよね、なんか画面タッチしまくって変なアプリ起動しちゃってるとき。
よりによってこのタイミングでこんな的確にやってしまうとは、全く私もついていないというほかない。
「何してんのよ、適当ねぇ……じゃあ私が掛けるわ、しょうがないわね! 偶には私が年上だということを理解して敬いなさいよ!」
「なんで電話番号ごときでそんな偉そうなの?」
眉を吊り上げ腕を組み、やけに尊大な態度で園崎さんがスマホを取り出す。
意気揚々と画面をいじり出した彼女であったが、次第に忙しなく指と目を上下させ始めた。
「あ、あら、あらら? ちょ、ちょっと待ってね! 今見つけるから!」
「園崎さんも私と同じじゃん。あー、電話番号覚えておけばよかった……」
「キー君! スマホ貸して! マスターに電話かけるから!」
「――えーっと、あのさ姉貴。マスターって誰の事言ってんの?」
私たちが皆目見当もつかないといった表情を浮かべ、わざとらしく頬を掻くウニ。
あまりのつまらなさに凍る空気にも気付かず、続けざまにぼやける姿は道化の一言に尽きる。
一瞬で雰囲気が最悪になってしまった。
うわ出た、滑りまくってるのも分からないでこういうこと言うタイプかこいつ。
「本当そういうの良いから、めっちゃ滑ってるよ。さっさとスマホ渡して。筋肉に電話かけるんだから」
「だから筋肉って誰だよ!」
「はあ!? いい加減にしてよ、脳みそまでウニと入れ替わったの? 筋肉は筋肉でしょ、剛力だよ!」
「そんな名前もあだ名も筋肉ニズム溢れた奴、俺の知り合いに一人も居ねえよ!」
いつものノリで突っ込んでくるウニ。
しかし流石にこの発言には私も、姉である園崎さんですらドン引き。
滑り倒している事にも分からず言葉を重ねるのは流石にもう見ていられない。
「うっわ……最低……きも……」
「キー君……流石にそれはないわ。いくらマスターが細々としたことを気にしないとはいえ、育ての親で相手にそれは……」
「はぁ? え? マジで何言ってんの?」
とぼけにとぼけを重ね、失敗に失敗を重ねる。
これ以上は見ていられないというか、なんかだんだん苛立ちを超えてムカついてきた。
お調子者といえば聞こえはいいが、やっていることはひな壇のつまらない芸人と変わらない。
もしかしたらウニ自身も疲労で頭がおかしくなってしまったのかもしれない……なってしまったのかもしれないが、それを私たちが付き合う道理もないだろう。
それに元々私はあまり大騒ぎするのが得意じゃない。
連日にわたる書類の整理もあって疲れているし、ウニの死ぬほどつまらない演技に乗る気にもなれず、机を軽く叩いて立ち上がった。
「いい加減にしてよ。はあ……もういいや、帰る。ウニの死ぬほど詰まらないギャグで萎えた、後の処理はウニ一人でやっといて」
「私もちょっとこれは許せないわ……キー君、私の分も仕事やっておいてね……ニヒヒ」
◇
「なんなんだよ二人共、意味不明なこと言いやがって……」
意味不明な事を言い散らかされた上、フォリアに怒鳴りつけられた鍵一が苛立たし気にソファへ腰を掛けた。
顔つきこそやはりさほど変わっていないが、先ほどの声音は大分本気の物。
なんなら叩きつけた手のひらの後に机が凹んでしまっているし、どうやら随分と怒らせてしまったらしいというのは鍵一にもわかったが、一体何がそこまで彼女を怒らせてしまったのかがさっぱり分からない。
ガラスのポットからキャンディをひとつつまみ上げ、ゆっくり口内で転がしながら天井を見上げ思案する。
「剛力……剛力ねぇ……どっかで聞いたことあるようなないような……」
確かにどこか懐かしいような、それでいて最近も聞いたことがあるような気もしてきた。
しかし
健一はやはり覚えてないな、と自分の正しさに頷き、ソファの上に寝転がった。
肩を怒らせ立ち上がるフォリアと、いたずらな笑みを浮かべその後に続く自身の姉……
「――あれ? いま姉貴笑ってなかった? もしかして俺仕事押し付けられたんじゃね?」
『出前屋でーす』
ハッと意識が戻った。
「うーっす、今行きます!」
注文した三人の内既に二人は去ってしまったが、今更注文の品が届いてしまったらしい。
皆経費から落ちると好き勝手に頼んだが、主にそういったのを計算しているのは美羽……そして本人は今ここにおらず……
「あれ、もしかしてこれ経費で落ちないやつ? 俺自分で金払わないといけないの? ……まさかそんなことないよな?」
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