第140話
「これ、着けても外れ無くなったりしない?」
「するわけあらへんやろ! お客はんにへそないえらいもの売れへんわ!」
ただ纏わりつくだけや、とは彼女の言葉。
纏わりつくってのも大概怖い気がするが、要するに紐がなくても顔に被ったり、頭の横に着けておくことが出来るらしい。
どんなに激しい動きをしても外れないそうで、確かにそれを聞くだけなら結構便利な気もする。
具体的に何に使うかと言われたら困るが。
外国人のダンサーとかに売ればいいんじゃないか。
「凄いやろ?」
「すごい」
「欲しくなったやろ?」
「ほし……いや、別にいらない」
確かにダンジョンで動き回る時目に物が入ったり、風が吹きつけて前がまともに見えなくなる時もある。
特に『アクセラレーション』を使った直後は顕著で、地面に大きく顔面を擦り付けたことも……ってあれ、これは夢の出来事だったんだっけ。
やはりあれが夢だったとは未だに飲み込み難い、こんなに鮮明に覚えているなんて。
しかしふむ、あれ、このお面ちょっとほしくなってきた。
いや待て落ち着け私、絶対いらない。無駄な物を買うとろくなことにならないぞ。
「それでな……これ買ってくれる人おらんかなぁってあては思うわけや。そう、ただ買ってくれるだけじゃない、大事に使ってくれる人をや」
な? と、意味ありげに流し目をする橘さん。
何となく言いたいことが分かって来た。
「琉希、帰ろ」
「ええ。面白いものを見せてもらいました、ではまた」
帰ろうとした私たちの前に、いつの間にか席を立っていた彼女が立ちふさがる。
足の踏みどころもないと思っていたが、店の主でもある彼女にとってはどうとでもなるらしい、無駄に動きが速い。
もしかしてこの人来る人来る人にこれ売りつけようとしてるんじゃないだろうか、反応や行動がものすごい手馴れていた。
「まあまあ。ちょっと落ち着いてお茶でもしばこうや、和菓子も出すで?」
「フォリアちゃん気を付けてください、この人とんでもないゴミを売りつけようとしてますよ」
「いなりんはゴミちゃうわ!」
あ、そこは本当に愛着持ってるんだ。
しかしいくら宣伝されようと所詮は高級ゴーグルにしかならないお面。
先ほどちょっと欲しいとは確かに思ったが、やはり購入しようと思えるほどのものではない。
私たちがじりじりと入り口に近寄っていることに気付いたのか、橘さんはセールストークの勢いを少し緩め、新たな搦め手で来た。
「ホンマにいらんか? こないお洒落なモン持っとったら、きっと自信付くと思うけどなぁ」
「え、本当?」
自信がつく……!?
「そらそうよ! 装飾品ってのは自分に箔をつけるために皆高くて変わったものを付けるんや。このお面をよーく見てみ? 誰も持ってなくて、しかも空まで飛ぶ。間違いなくオンリーワン、付けるだけでやる気と自信があふれてくること間違いナシや。あ、せやせや、このお面はダンジョンの素材で出来とるからな、頑丈な上、使用者が探索者なら魔力を吸って勝手に修復してくれるで!」
「た、確かに……!」
さあ、つけてみるんやと差し出されたお面。
半分くらい何を言っていたのか分からないが、ここまで自信満々に言われると妙な説得感がある。
買うか? 買っちゃうか? どうあがいても粗大ごみのこれを私は買うべきなのか!?
「フォリアちゃん、乗せられてるけど正気に戻ってください。お面一つで自信が満ち溢れるは流石に無理ありますよ」
「そうかな……そうかも……」
そうだ、冷静になれ私。
口が上手い人間というのはどこにでもいる、彼女だってそう。
超高級ゴーグルにしかならないこれを買っても、絶対明日には後悔しているはずだ。
差し出しかけた手を引っ込め、しかし誘惑にまた惹かれてしまう。
しばしの葛藤に業を煮やした橘さんは、席から立ち上がり店内を右へ左へ、戻って来た時には三つの物を握っていた。
「ほな、これも無料でつけたるわ。さっき結城はんが気に入ってたお面と槍、それと黄金のトーテムポールや!」
彼女が差し出したのは先ほどの民族的な槍とお面。
そしておそらく木製の、表面に塗料か金箔かで飾られた、1メートルほどの顔が連なった棒を差しだして来た。
このゴージャスな棒はトーテムポールというらしい。
どや? と問いかけられた琉希は、ぶるりと身を震わせ私の肩を鷲掴み
「フォリアちゃん、これ買いましょう! お金の半分は私が出すので!」
◇
蝉の合唱にカラスが割り入る。
「あのさ」
「なんですか?」
「私たち、完全に不審者だよね」
夕暮れの町、槍を右手に、黄金のトーテムポールを抱えた女と、狐のお面を嵌めた女が並び立つ。
どう見てもやばい奴らである。もし目の前からこんなのがあるいてきたら、私なら絶対道を迂回するだろう。
茜色に染まった木が、今更気付いたのかと騒めく。
黄金のトーテムポールと槍を、虹色に彩られた仮面の奥からじっと見つめ、無言で琉希はアイテムボックスへそれらを仕舞う。
私同様謎の熱に浮かされていた彼女も、歩いているうちに冷静に戻ったのだろう、私の問いかけを聞き流し口を開いた。
「もう夕方ですねぇ」
「会ったの昼だからね」
楽しかった。
でも楽しかったからこそ、ふと冷静に戻ったこの瞬間が恐ろしい。
不安が鎌首をもたげた。。
目を逸らしていた不気味な記憶の欠如、世間の認識から取り残された恐怖が這い上がってくる。
誰かに話したところで取り合ってくれない、自分ですら疑っているのだから、頭のおかしい奴だと思われるのがオチだ。
隣の少女へ遠まわしに、出来る限り何気なく聞いた……つもりだけど、きっと今、私の声は震えている。
「琉希はさ、自分の記憶が信じられなくなった時どうする? 覚えていたものと実際の物が違う時、どうしたらいいと思う?」
「え……えーっと、そうですね。まあ普通確かめるんじゃないですかね?」
「確かめる……?」
確かめる、一体何を?
実際に存在しなかったのなら、それを確かめる方法なんてどこにもない。
容易に変化する人の記憶だけではなく、決して消えることのない電子のデータすらも欠片たりとて残っていなかったのに、どうして確かめることが出来るだろうか。
それが出来ないから、今こんな恐怖に犯されているというのに。
「ええ。まあ急いでて時間がないとかなら放置しますけど、なんで間違えたのか、何と勘違いしたのか、或いは見逃しているものが何なのか……すり合わせますね」
「あ……!」
彼女の言葉を受けて、ピンと一本の糸が通った。
私は、何かを見逃している……!?
細い糸だ。
容易く切れてしまうかもしれない糸だ、でも今、確かに私は思い出せた。
慎重に手繰り寄せる必要がある、この大して賢くもない頭をしっかりと働かせて、神経を限界まで張り巡らせて。
「ごめん、用事が出来た」
「あ、もう帰るんですか? ご飯でも食べに行こうかと思ってたんですけど……」
彼女にもう一度頭を下げる。
きっと彼女に今日会わなければ、私はこの不気味な違和感を抱えたまま、結局自分では気づくことが出来ずにいた。
「琉希」
「はい?」
「ありがと」
コンクリートを蹴飛ばし、闇へ飲み込まれる町を走り抜ける。
知るんだ、見えなかったものを。
「あ、行っちゃった……ま、よく分かんないですけど……元気になったっぽいからヨシですね!」
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