第122話
全身が日陰にいたはずだというのに、いつの間にか影からはみ出したカリバーの先が肉でも焼けてしまいそうなほど熱くなっていたことに気付き、慌てて場所を移動する。
「む……もう12時か」
圏外のスマホは唯の時計にしかならないが、その無機質なデジタルの時計は12時から5分ばかり過ぎ去った時間を示していた。
自分でも気づいていなかったが随分と長いこと考え込んでいたらしい。
モンスターも基本的にこの太陽が照り付ける下で動き回るものは多くないらしく、現状あまり大きく動く影がないのは幸いだ。
スキルの調整、そう一言に纏めてしまっても方向は色々ある。
『ステップ』かあるいはそういった補助スキルを新たに獲得或いは伸ばす、新しい攻撃手段を手に入れる、全く未知のスキルの可能性を信じて確保するか。
だが攻撃手段に関しては正直なところあまり考えていない、『スキル累乗』を使うなら十分現状で補え切れるわけだし、なによりこれ以上上げると反動で本当に体がもたない、死ぬ、冗談抜きで。
と、なると補助だよね……どうしよ。
やっぱり得意な事でも伸ばすべきかな……苦手なことを伸ばすよりそっちの方が良い気がする。
うん、そうしよう。
思考の整理が整えばあとはバシッとスキルを上げるだけ、今回上げるのは『ステップ』に決まりだ。
今までさんざん使い倒してきて、このスキル程汎用性の高いものはないだろうと言い切れるほど便利なのは自分でも分かっている。
まあ正直今でも一回使うと大体三メートル、いや、四メートルくらいは一気に飛べるのだが、最近レベルが上がっても大きく移動距離が伸びなくなってきた。
そろそろレベルを上げてもいいころだろう。
取りあえず20くらい上げるかな……む、SPが全然足らん……取りあえず10で我慢するか、これでも2250必要なの……!? はぁ……
『ステップがLV10へ上昇しました』
『スキル アクセラレーションを獲得しました』
「ちょわっ!? え? なんて?」
全く何も聞かず適当にスキルをポチポチ上げていたので、突然全く聞きなれない言葉を差し込まれ心臓が跳ねた。
あくせ……汗……?
そういえばLV10になったのだから何らかのスキルを獲得してもおかしくはない、全く意識していなかったが。
しかし言葉の意味がちょっとよく分からない、もう少し分かりやすい日本語で言ってほしい。
―――――――――――――――――
アクセラレーション 習得条件:ステップ LV10
消費MP 使用者のLV×使用時間(秒)
意識と肉体の俊敏値参照による加速と影響の遮断
―――――――――――――――――
「???」
んー……速くなる?
うん、多分動くのがすっごく速くなる。秒数ごとにレベル分だけ消費なんてすっごい消費しそうだ、私ならMPが最大だとしても最大で五秒しかこのスキルを使えない。
人間は五秒で一体何が出来るんだろう、私ならパスタを袋から出して沸騰したお湯に入れるくらいしか多分できないぞ。
ま、使ってみるかな。
「えーっと、なんて言えばいいんだ――あくせられーーーしょん!」
って叫ぶとか?
何も起こらない。
スキルは間違いなく発動している、何もしていないというのにステータスのMPはものすごい勢いで減って行っているからだ。
その消費速度、体感からして一秒あたり50程度。だが何も起こらない。
空は静かに蒼を湛え、雲は動くこともなく空を漂っている。
はぁ……あっついなぁ、アイス食べたい。
はて、無駄なスキルだったのかもしれんなコレは。
まあ『ステップ』を取ったついでに生えてきたようなスキルなのだから、そこまで期待をしていたわけではないし、と、ふと額に浮かんだ汗を拭い払う。
振り払った腕から直線状に砂が吹き飛んだ。
「は?」
舞い散った砂の一粒一粒がゆっくり、ゆっくり、すべてに重しがかかっているかのようにちんたらと目の前を過ぎる。
振り払った汗が水滴の形をして、ねっとり、ゆっくりと砂へ吸い込まれていく。
全てがまるで
なんだこれ……何が起こってるんだ……!?
私以外の何もかもが遅い……!?
違う、私自身が加速しているんだ。
あり得ないがそうとしか言えない、スキルに書かれている通り意識と体が加速した世界にいる。
何百倍にも引き延ばされてスロー再生をしている世界で、私だけがこの世界を普通に動き回ることが出来る。
私だけが入れる世界。
「へ……へへ……!」
すごい、凄い凄い!
一歩踏み出せば突風が吹き荒れ、砂に大きな足跡が刻み込まれる。
空中で拳を振り回せば無数のかまいたちが岩に斬撃を作り上げる。
誰も私についてくることなんて出来ない、きっと筋肉の攻撃ですら今の私には亀以下のクソ雑魚に違いない。
とんでもないスキルだ、これは。
こんな速度で動き回れば本当は体がぐちゃぐちゃになってもおかしくない、いや、なって当然のはず。
でも何も起こらない、風圧すら全くない。
遮断されているんだ、基本的な風や地面を蹴った時の反動などその一切が。
要するに何一つ遮るものが存在しない、この加速された世界で文字通り私は自由自在、今まで通りの動きをできる。
だが『アクセラレーション』を使っていない人間からしたら、普段の私の数百倍の勢いで動き回っていることになる。
最強だ、圧倒的だ、無敵だ。
「うおおお! さいきょー!」
喉から思わず噴出した叫び、しかし興奮はとどまることを知らない。
そして私は感情の赴くままに、ぴょんっと軽くジャンプを
ドバァァッ!
砂粒を追い越し、風すらも切り裂き、本来跳びあがれる距離なんかとっくのとうに追い越し大空を舞う体。
以前ステップで勢いを相殺し大ジャンプをかましたが、今はそれ以上の高さを余裕で飛んでいる。
同じ力でも速度が出ている分すごい高さだ。
まあこんだけ高く飛んでしまってもすぐに地面に……
地面に……
地面……
「--あれ、落ちない」
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